たかじんのそこまで言って委員会 2009.12.13

2009年12月13日放送の出演者
◇司会 やしきたかじん
辛坊治郎 (読売テレビ解説委員長)
◇パネラー 三宅久之、所 功、
田母神俊雄、桂 ざこば、勝谷誠彦、
宮崎哲弥、村田晃嗣、山口もえ
◇ゲスト 寺脇 研(元文部省官僚)
一止羊大(元大阪府立高校校長)
どれだけの子どもたちがゆとりをなくしてどれだけの子どもが塾行ってるか知らないでしょ?
ゆとり教育を推進した元文部官僚、…元官僚に委員会メンバーがぶちぎれ。
勉強させないでそんなことして、今に見とけ!
衝撃のノンフィクション、学校の先生が国を滅ぼすの著者が、顔を隠すことを条件に信じられない教育現場の実情を激白。
お前、顔出してくださいよ。
卑怯だと思う。
緊急企画、そこまで言って委員会。子育て・教育スペシャル。
もうちょっとでね。ことしも。
いきたいと思います。それでは本日も政治、経済、社会、教養と硬軟とり混ぜてお届けしてまいります。本日の委員会の皆さんです。
はい、よろしくお願いします。
いつもはゲストとして皇室問題を語ってもらっております京都産業大学、所功さんには、きょうは委員会席に座っていただきます。
よろしくお願いします。
本当になんちゅうかな、人格のよさを、顔がそのまま座ってるという。
座ってらっしゃるだけで、この空間が高貴な雰囲気に。
ねえ?なんか上の高貴でない部分だいぶ打ち消す。
浄化する。
言葉遣いの本当にきれいな方とえ同席できるっていうのは光栄ですね。
え?
あなたは×××でいらっしゃいますか?
おをつければいいってもんじゃない。
それはそうですね。
頼みますからこれ以上裁判かかるのはやめましょう。
冒頭からほとんど使えないということで。
と言うことで、本日は子育てスペシャルということでございましてですね、日本の教育、もう、保育園から大学を卒業するまで、系統立ててガッツーンと深く問題を追及していこうと、そういうことでございます。ということで、本日は特別ゲストということで、最初にご紹介いたします。元文部科学省の名物キャリア官僚でいらっしゃいました寺脇研さんです。
よろしくどうぞ。
この人はね、優しげな顔してるけど腹黒い人ですから。
のっけからこれよ。
所先生の同僚だったものですからね。30年前にごいっしょしてね。
え?そうだったんですか?
実は本当にね、私、文部省に教科書調査官といってまいりましたときに、東大出られた最も優秀な若手で来られて、当時は教科書裁判抱えておりまして。
いやぁ、もうね、家永裁判ってってね。
それをもうみごとにまあ、さばいていかれといいますか。
あれはひどい教科書でしたからね。
だから、優秀な官僚というのはこういう人だという、若いときからよく存じ上げております。
国を滅ぼしかけた人ですからね。
ちょちょ、ちょっと、勝谷さん。聞き捨てならない日本を滅ぼしかけたというのはつまりどういう意味ですか?
だから、ガキ野放しにして、パッパラパーの大量生産してですね…。
おをつけなさい。おを。
野放しにして、あほ大量生産して、今から20年、30年後に本当のこの怖い効果が出てきますよ。ゆとり君っていわれる人たちですね。
寺脇さんはご存じの方はご存じだと思いますが、文部科学省でいわゆるゆとり教育を推進されたという、シンボル的存在とされてますが、そういう存在として扱われることについてはどういうふうに考えてらっしゃるんですか?
それは仕事ですからね。もう別にそのことだけをやってたわけじゃなくて、さっきの教科書裁判とかね、いろんな仕事を命じられれば、やっていくわけですけど、命じた人は誰だかわからなくなっちゃってるというのが困りますよね。
確かに、寺脇さんのお年からいうと、日本のゆとり教育のもともと教科書、どんどん減ってたのは70年代後半くらいからもう減っていってるわけだから、最後のとどめを刺されただけですよね。
とどめっていうかね、それをただ減らせばいいってもんじゃないんだと。新しい考え方に立たないと、おっしゃるとおり、ただ一律に減らしていったら、それはだめですよね。
その辺りも含めて。
大変だ。
きょうはボチボチと議論を深めてまいりたいと思うのでございます。一つ、先生、よろしくお願いしたいと思います。さあ、まいりましょう。まずは小学校に上がるまで。
少子化に歯止めのかからない日本。多くの夫婦が子どもを産まない理由として。
子どもを作るとお金がかかりすぎる。
収入が減っているのに国も助けてくれない。
働かないといけないのに子どもを預ける所がない。
といった問題があるようです。そこで鳩山内閣は子どもは国の財産という理念のもとに、子ども手当、保育所の最低基準の緩和、母子加算の復活、高校の無償化など、さまざまな子育て支援政策を打ち出しています。ただ。
はたしてこれら子育て支援はどこまで有効なのでしょうか?本当に子どもたちのためになるのでしょうか?そもそも国がどこまで支援すべきなのでしょうか?
鳩山政権の子育て支援の目玉である子ども手当は、中学生以下の子ども1人当たりに一律月額2万6000円を支給する政策です。しかし、ある専門家は一律支給では効果が半減する。税金のむだづかいで愚策だとバッサリ。その背景には、出生率回復に成功した先進国のほとんどは、子どもが増えるほど支給額を優遇しており、例えば、フランスは第1子には支給せず、その後、子どもの数が増えるたびに増額していく仕組みで、税制面でも子どもの多い世帯ほど負担が軽減されるようになっています。それに比べ子ども手当は今以上に子どもをもうける気のない世帯にも支給されるので、少子化対策にはつながりにくく、同じ予算なら出生力の高い若い世代に集中投入すべきだという意見もあるようです。さらに、子ども手当の財源となる5兆円はいまだメドが立たず、赤字国債に頼るしかないというのが専らの見方。
もしも子ども手当実現のためにむやみに国債を発行するなら、それは逆に子どもたちにばく大な借金を背負わせることになります。本当にそれで子どもたちのためといえるのでしょうか?
さらに深刻な問題が。長引く不況の影響で給料が激減し、共働きしないといけないのに、保育所が定員オーバーで子どもを預けられないといういわゆる待機児童の問題。そこで厚生労働省は都市部の保育所に限り、1人当たりの室内の広さを定めた面積基準を緩和するという方針を打ち出しましたが。
これはつまり、子どもの居場所を削ってでも今ある施設にとにかく子どもを詰め込めってことで、子どもは国の財産という理念とは逆行していませんか?
また、保育所が増えない理由として保育所の業界団体が多額の補助金という既得権益を守るために厚労省と結託し、保育所経営の新規参入を阻んでいるということも一部では報道されています。ちなみに私立の認可外保育所に預けようとすると、1か月でおよそ8万円もかかり、もはや2万6000円の子ども手当ではまったく足りない状況。先日、長妻厚労大臣は待機児童数が減らない保育所と、逆に定員割れが問題となっている幼稚園の機能を一元化した幼児教育施設を作る幼保一元化について前向きな姿勢を示しましたが、幼稚園は文科省、保育所は厚労省の所管であるという縦割り行政と、その背後に群がる族議員たちの既得権益。さらに、幼稚園と保育所の関係団体の対立があり、いまだに抜本的な改革は行われていません。
さらに問題なのが親の収入が子どもの教育機会に影響し、貧富が次世代に受け継がれる格差の世襲。ある調査によれば、日本は7人に1人が貧困家庭に生まれ、子どもの貧困率が先進国の中でも高いという結果が出ています。
親を亡くした子どもの進学支援をするあしなが育英会のアンケートでは、母子家庭で遺児の教育費が賄えず、退学や進路変更を余儀なくされたという家庭が3割にも上りました。長妻厚労大臣は今後、子ども手当も含め、貧困率の数値を改善する政策を打ち出したいと語りましたが。
ここで皆さんに質問です。現在、進められている子育て支援政策でどこに問題があると思いますか?
極端に言いますと、こういう教育の問題というのは本当にもう国防に並ぶぐらい、難しいというんでしょうかね。いらんって何?あ、支援策はいらん?
いらんという。なんでこんなことになったんですか。支援策出そうかっちゅうのは。
一応、少子高齢化の中で子どもを増やさなきゃいけないと、子どもを育てるのにお金がかかるから、まあ、民主党の政策として子ども1人当たり毎月2万6000円差し上げましょうと。
2万6000円で子どもをね、産めいうのもむちゃやで。
だからそんな下品な国はないですよ。金で、札束でほっぺたたたいて子どもを産めっていう、女性はもっと怒ったほうがいいと思うね。まさに金を生む機械にされてるわけじゃないですか。大体ね、お上がね、子ども作れ、作れっていうのはろくな時代がないんですよ。産めよ、増やせよで昔はね、たくさん子どもを産んだお母さんのところには村長さんが来て表彰しましたよ。それはなぜかというと、兵隊を作るためですよ。大体ね、国がね、そういうこと、少子高齢化、何が悪いんですか。
その議論はきちんと一度しなきゃいけないな。
子ども手当はどうかと思うんですよね。もちろんいただけるものはいただきますけど、でもじゃあ、今民主党が政権を握ってますけど、民主党が政権交代になってしまったら、この政策はどうなってしまうのかなとか、ちゃんと一生続くものなのかとかね。
それは先、見えないですわね。それは。
そうなんです。そこをはっきりしていただかないと。
それはまさしくそのポイントで。ヨーロッパでやってますけれども、基本的に政権交代しようがどうしようが、これは始めたらやめられない。2万6000円があるからなんとか子育てできてる人たちが、それがあるから3人目4人目産もうと思った人たちが、なくなったら生活破たんするから、これは始めたらやめられない政策であることはまちがいないです。
ということは、政権にとっても非常なばく大な国家予算がいるということですかね。
ですから、年金みたいにならないように、よくよく考えて制度設計しないと。
怖いよな。
これは禍根を残すことになりますよ。
でもね、現実問題としては、例えばフランス、私たじまさんがいないからあえて言いますけど、やっぱり1人目、1万円、2人目2万円、3人目が3万5000円、だんだんふえてくんだけど、額的にいうと日本よりもはるかに多い。3人目、4人目になると。…の日本の場合は中学卒業するまでだけど、本当に金がいるのは高校大学だから、ちゃんと大学卒業するまで、日本よりはるかに巨額の子ども手当を出したら、確実に出生率は上昇しました。だからまあ、日本の今の一律1人目でも、5人目でも2万6000円というやり方がどうかとかってありますけれども、ある程度子どもを育てるのにお金がいるから、何とかしようという発想自体はそんなにまちがってないと思いますよ。
だけどね、あんた、田嶋さんの代わりじゃ、そうだけどね、私も田嶋さんの代わりに言うけどね、フランス、フランスっていうけども、フランスなどは婚外子が半分だよ。ね?そんなみだりがましい国とね、日本のような神々しい国といっしょにしないでくれよ。
それにね、本当にお金に困っていて、第1子、第2子作れないっていうんだったら、少なくとも制度的には所得制限を設ける、あるいは段階を所得によってつけていくということを入れなきゃいけないんですよ。現状で所得把握が非常に難しいので、これはね、なかなかできない。
確かにね、所得制限を設けようとすると大変なんですよ。去年の所得でやったってことし、もう会社がつぶれて失業してる人、いるかもしれないし。
なるほど。
それでね、やっぱり全部国民総背番号かなんかつけてね、把握してないと無理なんですよ、こういうことはね。
ちなみに私、田嶋さんの代わりに言いますと、フランスなどでも所得制限つけてない国のほうがむしろ多いんです。一律なんですね。だからそれは子どもを育ててる、その子どもというのは将来、年金も掛け金も払い、税金も払う、国の宝だから、金持ちだろうが、貧乏人だろうが、子どもを育てているということに関して国が面倒みましょうという発想だから、一律なんです。
なるほど。
所先生は?子ども手当の、はい。
今のような政策論ではなくて、むしろ親のあり方として、私ども、数十年前に子ども時代を送ったものにとっては、みんな貧しかった。けど親は一生懸命自分のぜいたくを慎んで、それで子どもを学校にやってくれた。それで僕ら、学校に行けることだけでもありがたかったわけですね。そういう思いがやはり子どもを育ててると思うんです。私はなんでも一律に与えてたら、結局親を、あるいは子どもをだめにしてしまうというふうに思います。
所先生、さすがにね、いいことおっしゃる。私のところ、男4人兄弟だったけど、今にして思うんだけども、いっつも母親はね、もう私、おなかいっぱいだからみんなでお食べって言ってね、やっぱり母親もきっとはらすかせてたと思うけども、そういってやっぱりその家族の中でやっぱりやってくるもんなんですよ、子育てってのは。それをなんか、金をやりゃいいって、今の民主党政権はなんでも金、金、金でね、拝金主義を助長するようでね、まことにけしからん。
本当。
鳩山さん自身が金に苦労してなかったなんてのんきなこと言って、幸夫人とお手々つないで、チーパッパばっかりでね。
鳩山さんがお母さんから9億円もらってたでしょう?これを究極の子ども手当というわけです。
そんなん、2万6000円もらわんでも、産むやつは産むやろ。ただ、あげるっていうからほんならもらおうかや。これは2万6000円でこうとるのといっしょやで、おれに言わせれば。ほんまのこと言うて。
だから、お金を支給するという形ではなくて、私は勧めたいのはお母さんもちゃんと働けるような環境を作るべきだと思うんですね。
それは大事だね。
今、学校って子どもがどんどん人数減っているから、廃校になってるところ、たくさんあるんですって。そこを保育園として保育士の資格をもっともっと増やして、取って、そこで保育をできるようにするといいって、誰かが言ってました。
それはね、…。
でもね、実際は…。
子どもがいないから廃校になるんでね、廃校になった所でその保育園作ってもね、子どもがいないんだから。
皆さんは、お子さんがいらっしゃるのはもえちゃんだけど、別にもえちゃん、経済的に困ってないからあれだけど、あのね、だけど今はね、昔と違うのは所さん、今、とにかく小学校でも中学校でももう親は不安でたまんないんですよ。公立学校だけ入れといたらこれはゆとり教育でうちの子どもは落ちこぼれるんじゃないかと思うから、みんな塾に入れる。この塾の費用がばかにならないんですよ、一番。一番金のかかるのはこの塾の費用、だから、昔と同じように小学校の公立学校だけいっときゃあ、自分の努力しだいでどうにかなったのとは違う世の中に今、なってるという親の危機感がものすごいんですよ。
だから全体を、設計図書き直さなきゃいけないんですよ。だったら必要なのは子育て支援のお金じゃなくて、学校教育の立て直しじゃないですか。ね?それで能力のある人間は奨学金を返さなくてその奨学金を使ってどんどん伸びていく、そういう意味では戦前の日本なんかですね、本当に優秀な人間はね、優秀な人間は大体皆さん、軍隊入ったんですけどね。ただで。
あのね、軍隊に入るかあるいは師範学校に行ったんですよ。
そうです。
だから師範学校の先生から東大教授になったのなんてのも結構いるからね。
います、います。いっぱい。
だからそういうことがむかしはあったんでね大体やっぱり先生っていうのは尊敬された、社会的に。今みたいにね、せんこうとかなんとかいって親までがね、子どもといっしょになって先生をばとうするなんちゅうことはなかったね。
そのへんは寺脇さん、どうですか?
ただね、その子どもに、っていうか、教育とかそういうものに、より多くのお金を投入するというのは、やっぱりこれ、将来に子どもたちが育っていくものだからね、そのこと自体は悪くないと思うんですよね。今、義務教育が無償だといいながら、あれは授業料が無償なだけで、教科書と授業料だけが無償で、あとは教材費から何から。
それこそランドセルからじゃないけど、えんぴつだの消しゴムだのノートだのからはじまって、体操服だのなんだの、制服だの、結構いっぱい金はかかる。
あれはね、小学校だと確か1か月当たり8000円ぐらい、中学校だと1万2000円ぐらいかかってるんですね。
今の話だったら結局は国自身が自分たちの公教育を否定して塾を雇うことになるわけですよね。五兆何千億円でね。
そういうふうに使われればね。
そんなら、塾を学校にすりゃいいじゃない。
それこそ大阪の橋下知事がやってるような、塾の先生、東京でもやってますけど、塾の先生を学校におろしてくると。ただそうすると、学校の現場とあつれきは起きますけど。
だから×××にして全部…にして入れ替えたらいいじゃない。
これ、今地方分権でそれぞれの自治体で考えていけるようになってるわけですから、そういうことの中で今おっしゃってるような取り組みも大阪ででてきたりしてる。だから、そのことをみんな自分たちで考えなきゃいけないわけですよ。さっきみんな戦前とおっしゃいましたけれども、戦前の学校っていうのは村でお金出しあって、村の人が先生、あなたちょっとうちの村の学校に来てくださいっていってきて、いい先生がいたら10年でも20年でもいてくださいということをやってたわけですから、それだけの手間をかけてたんで、それをやらずに全部その行政に任すっていうんじゃなかなかそれはできないですよね。
それからまあ、戦前の学校教育に問題はいっぱいあったわけで、戦後と比較として、戦前をいたずらに理解するというね。だって陸軍大学、最たるエリート、結局のところ、東条英機レベルを生んだわけだからね、そこの問題点もちゃんと検証しないといけない。
そう。
田母神さん、どうですか?
東条英機レベルって、まあ、東条英機がすごく悪かったっていう評価なんでしょうけど、それはまあ、私は異論はありますけど。
異論?
田母神さん。
はい。
この番組でね、異論があったらその場で言わんと、ストレスたまりますよ。
でもさ…。
…がたくさん。
そうですね、じゃあまず今、生まれてきた子どもの話しましたけど、続いて、小学校入学です。
今、一冊の本が反響を呼んでいます。学校の先生が国を滅ぼす。公立学校の元校長によって書かれたこの本のタイトルが意味するものはいったいなんなのでしょうか?
それは大阪の公立学校で起きた入学式や卒業式の際の国旗掲揚と国歌斉唱を巡る校長と教師の激しい対立と、そこで著者が感じた日本イコール悪玉という戦後教育への危機感。著者の一止羊大さんは平成10年から3年間、知的障害を持つ子どもたちを教育する府内の公立学校で校長を務めましたが。
赴任早々、職員会議で着任のあいさつをしようとしたところ、会議を仕切る議長と呼ばれている教師から拒まれ、入学式で国旗を掲揚することに触れたことから、教師たちとの闘争の幕が開いたのだとか。教師たちは障害児教育には熱心だったものの、ひとたび、国家・国旗が話題となると、激しく反発し、連日校長室に押しかけられ、校長をひぼう中傷する文書が保護者に大量にまかれ、自宅にまで脅迫じみた電話がかかってくる。入学式や卒業式の国旗掲揚、国歌斉唱は戦争賛美だときめつけ、多数決を尊重しろと団交を繰り返す。あるとき、日の丸・君が代は戦争につながると抗議を繰り返す女性教師に一止さんが、17歳で戦死した兄の写真を見せ、戦争を嫌だと思う気持ちは私も人一倍持っていると諭すと、その女性教師から返ってきた言葉は。
先生のお兄さんも侵略者です!
一止さんはこの本を執筆した理由について、国を愛せない教師が子どもたちを育てている。学校でどんなことが起きているかを知ってほしかったと語っているとおり、こうした教師と校長の闘争が起きているのはこの学校だけではなく、平成12年の3月には東京都国立市の小学校で、校長が校舎屋上に国旗を掲揚したところ、一部の教職員、児童、保護者が反発し、校長に土下座しろと謝罪を求める事件が問題となりました。
しかし、日本の国旗を日の丸、国歌を君が代とすることは事件の前年の平成11年に成立した国旗・国歌法で定められています。
そもそも、この法律が成立したのは、広島のある県立高校の校長が卒業式での君が代斉唱を巡る教職員との対立でしょうすいし、自殺した事件がきっかけでした。ところが、国旗・国歌法成立後もこうしたトラブルがあとを絶たず、民主党の大勝によって支持母体の1つである日教組はますますその傾向を強めるのではないかと危ぐされますと語る一止さんは、このような本を出せば学校の実状が世間に知られて、教育委員会の責任が問われることになりかねないとしながらも、この本が学校教育の改善の一助になる願ってやみませんと語り、今回、実名と顔を隠すことを条件に、当委員会への出演を承諾。このあと、スタジオで信じられない教育現場の実態を赤裸々に語っていただきます。
そこで皆さんに質問です。一止さんに聞きたいことはなんですか?
まあ、これ、学校の中での壮絶ななんていうんですかね、戦いの中に親も交じってくるんですよ、これね。中学ぐらいだったらかなり関与してくるんですよ。私も愚弟いうか、おれのほうが愚兄なのか知らんけど、弟はずっと大阪の校長、やって、今もやってるんですが、公立中学のね。やっぱ話聞くとね、やっぱり最後、もう自分が意見を通すためには、この今の職を辞してでもいいという覚悟ぐらい持たないと、もうなかなか対処できないと。なぜかというと、こちらの先生がああ、あなたの気持ちもわかりますよ、わかるんですが、だけど、PTAがこんなんなって先生、わかるんですか?言われたら、結局はどちらの意見の間に挟まれてって、自分というものがどんどんどんどんなくなっていって、流されていって、いわゆる指導するということからね、島流しみたいになってしまうと。だから、最後はもう、自分の中で最後、ここでその校長というのを辞してでも、これを通すんだという形でやったら、どうにかお兄さん、いままでやってこれましたと。
本当に孤立無援なんです。つまり教頭もそれから事務長も結局、部下じゃないんですね。校長先生が全部自分で責任を取らなきゃいけない、それで教育委員会にいいつけに行ったらいいかって、教育委員会は必ず逃げる、卑劣きわまりないんです。だから本当に自分で男一匹腹をくくるしかないという孤独な闘いが全国で今、展開されてるんです、先生たちは。
この本読んで本当びっくりしたんですけどね、私も自衛隊なんかいると、考えられないですよね。下からいろいろ意見があって、こうしてくれ、ああしてくれってありますけども、それを受けて最終的にいや、こうだと。指揮官が決めれば、自衛隊なんかは皆、不承不承でもみんな一応、従うわけです。だけど学校の現場がこんなになってるなんて本当、びっくりです。
とにかく理屈じゃない。
学校っていうのはひとつ密室性があるわけですからね。そこでもうずっとつるし上げみたいになっちゃうと…。
そこを言っちゃうと。なかなか外の人が入りにくいわけですよ。だから学校の中でやっちゃうとどうしても密室闘争化しちゃうわけですね。
これ、僕も読ませてもらいましたけれども、すばらしい本なんです。これ、一止さん、こういうのも書いてるんですね。…のストーリーだけならこれで十分なんです。だけど、これがこれだけ熱くなるってどういうことかっていったら、不毛なやり取りが逐一書かれてるんです。これ読んでると本当、田嶋さんや原さんと話してるときの僕状態です。
あのね、勝谷さんが手に持ってる著者をきょうはスタジオにお招きしております、学校の先生が国を滅ぼすの著者、一止羊大さんです。ちょっと今、テレビをご覧の皆さんは驚かれたと思います。一止さんの顔にモザイクがかけられております。一止さん、正直申し上げますけれども、その顔隠す必要、ないんじゃないですか?
現在、私の本に書いてあります、50名ぐらいの教職員ですね、現在もまだ現職の方がほとんどでございます。
だからこそ、じゃあその人たち、実名あげて、この人がこんなこと言ったってこの人もこんなこと言ったでいいんじゃないんですか?
ありがとうございます。それでですね、私がお仕えをした校長先生もご健在で、ご活躍なんですね。そうしますとね、個人を攻撃するような結果になるのを私は恐れてます。
攻撃してくださいよ。
それで、私が一番主張しておりますのは個人がどうだということよりも、戦後の私たちがずっと担ってきた教育の問題を世間の方に知っていただきたいと、そういうことなんです。個人の責任を追及するという話になってしまうと、ちょっと…。
一止さん、ちょっと申し上げますけれども、こういうね、そっと寝た子を起こさないようにする。誰々に迷惑をかけたらいけないというふうに一止さんの優しい方の、そこに付け込んでくるんですよ。全部名前も出して、学校名もさらして、いったじゃないですか。モザイク外してくださいよ。
いや、いいじゃない、これは一止先生の倫理観でなさってることで、それで問題提起してくださってるんですから、それを受けてわれわれ議論すればいいじゃないですか。
ちなみに一止さんという字はお名前は本名ではないんですか?
ペンネームでございます。
ペンネーム?
亡くなられた、戦死されたお兄さんのお名前から取られているんです。
兄の実名がまさみでございまして、まさみを分解して付けました。
ああ、一止でまさですか?
はい。
教育行政の基本が末端に伝わらない。校長がそれを実行しようと思っても、まったく言うこと聞きません。ここに書いてございますが、まったく聞かない状態がずっと続いております。
それは聞かなくても処罰はされないんですか?現場で。
そこが問題でして、2つ問題があります。1つは校長という職はですね、所属職員を監督するというのが職務でございます。この監督するということが防波堤になりまして、教職員は例えば、国が定めた方針や地方自治体の方針に従わなくても校長の指導という防波堤で守られてるいるわけですね。ですから、何か問題が起こって処分されるとなると、校長がまず処分されるわけですね。
なるほど。
校長の指導が悪かったということになってしまうわけですか。
校長には先生の処分権というのはないんですね。
ございません。
ない?ということはもう一度伺いますけれども、現場の教職員が問題を起こした場合、これは校長の指導が悪かったということで、校長が責められるということですか?
ええ、まず基本的には校長の管理能力が問われる。例えば、国旗掲揚・国歌斉唱のときに起立をしない教員がまずいますね、歌わない教員がいますね。そのときにはまず、いわれるのは校長、指導しなさいと、こういうことなんですね。ですから本来は立たない、歌わないというのは職務怠慢ですから、この教員がまず責任を問われなきゃいけないんですが、まずそうはならないんです。
その個々の教員を問いただす役割の人って誰なんですか?
これ校長です。
これ、よくわからない。
校長はね、権限が与えられてないわけですよね。
権限はあるんですが。
結局処分権とかっていうのはないんでしょ?
処分権とか人事権が校長にはないんです。教育委員会がそれを持ってるわけです。だから、教育委員会がどう対応するかで、実はまあ、全国の学校がすべてこうなっちゃってるっていうわけではないので、それはいろんな教育委員会の対応のしかたとか、そういうことで違いますからね、皆さんぜひ、近所の学校を見ていただいて、こんな状況かどうかっていうのはすぐ見に行ってほしいと思うので、そうじゃないところもあるし、こういうところもあるっていうこと。
これどうして、こういうこと、要するに学校長に対して監督権はあるんだけど処分権も人事権もないというような、私たちからするといびつな権限体系に見えるんですけど、これはどうしてこういうこと?
一般的には公務員だって課長が…はできないです。
そりゃそうですね。
学校はですね、ちょっと一般社会とは違う部分がございまして、2つの問題があります。1つはですね、建前があるんですね。どんな建前かといいますと、学校っていうのは良識の府というのがありますので、しかもそこで働く教員は全部大学卒の良識を持ってる者だという建て前があるんですね。悪いことはしないという建て前。これが大きな基本の建て前です。もう1つは前提がございます。まあ、建て前と前提はよく似てるんですが、これは職員は法令等を守るということ、それから上司であります校長の言うことは忠実に聞くという、これが法律で決めてあるんですね。ですから、そういう建て前が、前提と建て前が2つありましてね、学校というところは管理機構が校長だけが管理する形になってます。校長の言うことは当然聞くという前提ですから。
それ、実は条文上はかなり強力な指導権を持ってるようには書いてあるわけですね。
書いてあります。
法律上は。
はじき返されたら…しなきゃいけない。本当は。
あなたの本の中であなたが着任されたときに議長がなんとかって書いてありますね。議長っていうのはなんですか?職員会議を取り仕切ってるやつが議長っていうんですか?
そうではありません。議長は学校のいろいろな学校運営上の必要な仕事を校長1人ではできませんから、こう分しょうという形で学校の仕事を分けて、各教員にやらせているわけですね。その…の任命は校長がするわけです。あなたはこの仕事をしなさい、あなたは何年の担任をしなさい。それでやってる仕事です。
それが議長っていうんですか?
議長は、本来議長というべきではなくて、司会というべきなんですが、職員会議を運営するうえでの仕事を校長が委任をしていると。ただこれ、100%権限は委任しているわけではありません。
公式なものではまったくないわけですか?
東京都なんかでは、職員会議での多数決とかっていうものは、学校運営上は無効だということに、確か見解が出てますよね?
それ、法的にもそうなんです。
そうです、無効です。
あなたのいた大阪府というのはそうじゃないわけ?
法律上はそうなんですよ。しかし現場ではそれが入ってるわけで。
それは日教組がいるんですか?そういうのは、何なんですか?そういうのは、組織は?
全部ね、日教組に限りません。大阪の場合、私の学校では全教でしたけれども、組合の方針としてですね、例えば今、これは国旗・国歌がテーマですけれども、国旗・国歌に反対をするという1つの方針があるわけですよね。それを現場に持ち込んでいるわけ。つまり組合運動をそういうイデオロギーを職務遂行の中に持ち込んでるんですよ。
そのあなたのいた学校っていうのは教員は何人いて、その組織率って、全教の組織率ってどれぐらいなんですか?
私がおりましたときは、私を含めて156名の職員。
大きい。
大きい学校です。
その中で一止先生と同じような考え方を持たれる先生っていうのはパーセンテージどのぐらいなんでしょうか?
1割いないと思います。
え?そんな低いんですか?
組織率はどうですか?全教の組織率は。
全教の組織率は詳しいことはわかりませんが、30%前後と聞いております。
残りの7割はどういう?
ノンポリ。
まあ組合に入ってない。一般の方ですね。
だけど、だけどやっぱり、それが来ると牛耳られちゃうんですよ。
30%もいりゃ、十分牛耳られちゃう。
なんでね、その3割か、4割か知りませんけど、組合の方が非常に自分たちの組合活動のイデオロギーを持ち込むっていうようなね、それ、どんなイデオロギーをお持ちかもちろん自由ですよ。私的なところでどんなお立場でも自由ですけれども、一方で法令とか法律とかいうものがあるわけで、それと自分の個人的見解とは別に従わないといけないですよね。そういういうならばあたりまえのことが学校現場ではなぜ通用しないのかということが私にはまったくわからないんです。
なんでインフォーマルな支配が?
これは私の考えですけど、2つ原因があると思うんですけど、1つはですね、学校に入るまではみんな先生方は非常に難しい試験通って入りますから、せいうんの志といいますか、自分が教育者として頑張ろうというそういう思いで、ほとんどの人がそうだと思いますね。ところが入ったあとに、まず研修というものがありますね。この研修に大きな欠陥があります。1つは社会人としての基礎・基本を現在の教員研修の中に入れていないんです。社会人というものはどういうものかについての基礎・基本がないままですね、もう発令のその日から先生と呼ばれて、もういったん入れば、自由放任で何一つそういう基礎・基本にかかわることを言ってくれる人がいないわけですね。
その法令遵守という社会人として当然のルールというのは、教えられないんですか?
その法令遵守のことについても、教員になる前は基本的な話はあまりなされません。それからもう1つはこれは入ってからの話なんですが、研修が組合研修というのをどこでもやると思うんですね。組合研修、組合の組織が転任者や新任者を研修に呼ぶわけですね。そこで語られてることが教員にとっては非常に身勝手のいいものなんです。それは何かというと、例えばある学校で、これ、事実ですから申し上げますが、自由出退勤というものをやっている学校がありました。つまり自由出退勤ですから、自分が行きたいときにいく、帰りたいときに帰る。これが自分たちが組合活動によって獲得した権利であるということを新任者や転任者に研修で吹聴するわけですね、吹き込むわけですね。おかしいなとは思うんですけど、そのうちにだんだんそういうものかとみんな思っちゃうんですよ。そういうふうに思ってしまう、先生たち。そのほうが楽ですから。
つまり、教育委員会がですね、初任者研修で先生方の心をつかむ前に組合の研修で先に心をつかまえちゃうということですね。それでものの考え方の
それは誰が変えられるんですか?
それは校長がまず、指導監督しなきゃいけない問題なんですが、なかなか聞きません、校長の言うことを。
ということは、教育委員会が変わらなきゃだめだということですか?
これはもう、行政としてしっかりやらないと。
教育委員会の委員長っていうんですか、これはどういう人が当てられるんですか?
これがだめなんだよ。
これは今、ずいぶん、変わってきてるんですけど、昔はそういう、本当そういうの、各教育委員会が約束しちゃうわけですよ。
東京都なんか都立高校、あの昔から昭和20年代から週休2日制をやってますよね、1日は自宅研究日みたいなことやって、ああいうことをやってきているわけです。それを、どうしてそうなるかというと、教育委員っていうのが名誉職で、地域の名誉職のような方がなって社長さんとか、なんかそういう地域の有力者みたいな方がなっていくというようなことをずっとやってたわけですよ。だから、それはもう変えなきゃいけないというんで、三宅さんおっしゃったように、東京都の教育委員会がそれを変えるというのは教育委員を総入れ替えしていって、きちんと法律に基づいてやっていくということをやろうとしたということです。
教育委員会の事務をやる人たちっていうのは、どういう人たちなんですか?
だから、事務方の問題。
事務方の問題もあるんです。で、実は事務方というのが従来はほとんど学校の先生だったんです。そうすると、その先生たちも実は若いころは組合員だったりすることもあったりですね、あるいは教員どうしのなんていうか、大分県教委の不正、不正入試の入試じゃないや、採用試験の。
教育長そのものが?
そう、だからやっぱりきちんとした官僚システムっていうのを教育委員会にも作っていかないと、これができない。さっきから皆さんと話がかみ合わないのは、ふつう、それはみんな法令に書いてあったら、当然そうだろうよって言うんだけど、学校っていう世界はさっきからおっしゃってるように、教育的配慮のほうが法律より優先するっていう考え方があるんですよ。だから…を教えるっていうことは法律より優先するとかね、あるいは体罰だって、これは国民の皆さんは体罰に賛成する方、多いかもしれないけれども、体罰は法律で禁止されてますよね、だけどぶったたく、いや、おれが教育的にいいと思ったんだから、いいんだみたいなね。現場の裁量がもう優先されると、要するに教育のためという、その大義名分がある、そういうことですか?
論理が優先されてしまうので実際優先されてるんです。だけど、違法行為であることは確かで。
それだけじゃなくて、実はほかに教育が特殊だって先生はおっしゃるけれどもね、それだけじゃないですよ、まったく同じような状況があると。昔の国労、動労がそうでしたね。それから今でも社保庁の末端組織は全部そうだと。上の言うことは一切聞かない。勝手にやる。それでヤミ協定を結んで、パソコンは1日1時間しかやらないとか、結局組合に乗っ取られてるっていうのがやっぱり一番大きいんじゃないですかね。
組合が強いところとね、非常に機能しない素人の委員会制度がむすびついたときにですね非常に機能しなくなるわけですね。
それとその役人が責任を取らない。
でね、委員会制度が。
業務機構、例えば教育委員会がやっぱりそういうふうに汚染されるんですよ。ね?×××のケースで私、現場の教師に聞いたんだけども、現場の教師がだんだん偉くなって、その例えば、校長になりたいとするでしょ、いっぺん教育委員会に入って、デスクワークを少しやらないとなれないと。しかし、教育委員会に行くについては学校の日教組の組織が推薦しなければいけないんだと。いっしょになってグルになってみんなね、グルで回してるわけですよ。そういうふうなことにメスを入れないかぎりはね、ちょっと部分的に手直しをしても私はだめなんじゃないかと思うんだよね。
それは確かに過去は校長になるのだって組合の推薦がないとだめだっていう時代があったんですね。それで今、おっしゃったように、それをどんどん変えていかなきゃいけない。でもまあ、辛坊さん言われるとおり、まだ変わってないところもあるのかというのは確かだと思います。だから地域をよく見ていかないと、どこの地域がそうなってるのかっていう。
率直に聞きますが、日本と全国を見渡したときに地域によって相当ばらつきがあると思うんですが、相当まだその、いわゆる、そういう先生方の支配の強い地域というのは大ざっぱにどのへんですか?
まあそれは、日教組の組織率が高い所がそうだと、一般的にいわれてますけれども、それも一概には言えなくて。
なんかね、日教組っていってももうただ穏やかな勤務条件だけやってるところもあるんで、一概にそうはいえないんです。
先生、ちなみにそのお二方がどうしてまだ日教組がそんなに強いのか、日教組ってそんなにビビるほどのものなんですか?って同じことを聞いてらっしゃるんですけど、どうなんですか?そんなにびびるほどのものなんですか?
えーと、ビビるという表現がちょっと私はよくわかりませんが、現場ではそういう認識はありません。日教組が怖いとか、かなわんなという、そんな認識はないと思います。
先生、胃かいようになりかけたとか書いていますけれども、そこまで苦しまれるんだったら教育委員会にも当然もう…もあるし、それからメディアに言ったっていいわけだし、そうやってさっき、冒頭に厳しいこと申し上げましたけれども、これもやっぱりオープンにしないことには、世論ってのは動かないわけです。そういうことってお考えにならなかったですか?
平成14年にこの原稿を書きました。まあ現職ですから、上部の許可がないと出版できませんので、教育委員会のトップの方に持っていってですね、読んでいただきました。その結果、出してはいけないということで、結局出せなかったという理由があります。
寺脇さん、だけどそういう状況に現場がなってるっていうのは何十年文部科学省の人たちは知ってたわけでしょう?なんでこれをなんとかしようということにならなかったんですか?
いや、それはだからやろうとしてきて、挫折したりいろんなことを繰り返しをしているんですよね。それはもう1950年代からずっと日教組、まあよくいわれる日教組対文部省みたいなことでやってる。ただそれがだんだん地方分権というふうに長年なっていく中で、地方ごとの問題になってきている。そうすると、何県ではこうやってるけど、この県ではこうやってる。文部省が一律に整理できるような問題ではもうなくなってきてるんですね。
あれはやっぱり日教組よばなあかんで。
そう。
ぜひ、日教組の先生にお越しいただいて、未来の教育についてまじめに考えようと。
そう。
そうじゃないとこういう人間を育てるんやぞと。
そのときはおれにはモザイクしてくれよ。
なんで?
どんだけ腰引けてるんですか?
でもお2人がいうのはそのとおりでもう日教組って、組織率3割を切ってるんですよね。
そうなんですよ。
穏健な所もあるんですよ。それがさっき、ちょっとどなたかがおっしゃったけど、マスコミは日教組の教研しゅうかいというのになると、あたかも日教組が教員全員を代表しているかのように全新聞が書きますよね。そういうところの誤解が。
またイメージがそういうね。よけい抜け切れない。
日教組だってそれは変わってきているし、日教組自体は合法的な団体なんですけれども、そこのイメージがマスコミによって作られてる部分もあったりするので、やっぱり実際に見てもらうのが一番だと思いますけどね。
ということでございますね。さあ、続いてまいりましょう。続いては民主党政権と教育。
子ども手当の支給などをマニフェストに掲げる鳩山政権。実はそれ以外にも国の教育行政が様変わりを始めていることを皆さんはご存じでしょうか?
まずは全国学力テストの縮小。2007年に始まり、全国の小学6年と中学3年全員のおよそ200万人が対象だったこのテスト。川端達夫文部科学大臣は来年度以降、全国の小中学校から40%の学級を抽出する方式に変える方針を明言。予算も事業仕分けの対象となり、大幅縮減は決定的。
そしてもう1つは、教員免許更新制の見直し。教員免許更新制は、安倍晋三元総理が掲げた教育再生の具体策として学力不足などの不適格教員の排除と教員の指導力向上を目指し、ことし4月から正式導入された制度で、公立・私立の幼稚園から高校までのすべての教員免許を原則として10年後との更新制とし、更新時には、計30時間の講習を義務づけるというもの。これに対し、民主党の輿石東参議院議員会長は、法律をできるだけ早く変えなければいけないと法改正を検討する意向を表明。この輿石氏が日教組の出身であることはよく知られていますが、政権交代に伴う教育行政の変化には、この日教組の影響があることはまずまちがいありません。
日教組は全国一斉の学力テストを序列化・競争をあおるなどと批判し、教員免許更新制についても、教育現場から不安や不信の声が多く出ていると反対してきており、自民党は民主党のマニフェストと日教組の提言は一致し、日教組の政策が色濃いと指摘しています。
はたして、この鳩山政権の教育行政は本当に正しいといえるのでしょうか。
そもそも、全国一斉学力テストはそれまでのゆとり教育を否定していた当時の中山成彬文部科学大臣が子どもたちに競争意識を持たせることが必要との目的で復活。全国一斉に行うからこそ教育がうまくいっていない地域、学校を特定し、その理由を考えることができるはずで、民主党の言う抽出方式では意味がないのでは?との批判もあるのですが。
都道府県ごとの、ね、順番つけるのと、経年変化を見ることとどっちが大事なんですかって聞いてるんですよ。経年変化取るほうが大事でしょ?どう考えたって。
経年変化というよりは…。
うがった見方をすると、学力の低い学校を特定され、その学校の教師が攻撃されるのを避けるための身内をかばう政策だと言えるのではないでしょうか?
また、ことし4月に実施されたばかりの教員免許更新制を鳩山政権はいきなり廃止に持ち込もうとしていますが、昨年度、この制度に伴い行われた予備講習では、受講教員およそ4万5000人のうち、不合格は248人。そんなだめ教師をかばい、講習に時間が取られるからなどと、自分たちのゆとりまで求める。
文部科学省はこの制度を不適格教師の排除が目的ではないとしてきましたが、この制度ができた背景には学力低下と相次ぐ教師による犯罪があり、親たちの教師に対する不信が増大。ちなみに2002年、兵庫県内の中学校教師を対象にした神戸新聞の調査では、教師によるわいせつ事件の発生率は一般人の15倍という驚くべき数字もあります。
そこで皆さんに質問です。あなたは今の教師の資質について、どう思いますか?
さっき日教組の話しましたけど、ただ、もうこれ、1人の教師の資質どう思いますかっていわれてもね。そういう極小な問題ちがくて、先生、もっと広いところになんかもうちょっとあるような気、するんですけどね。
そうですね。特に私の、言いますけれども、教師になりたいというですね、学生も相当いるんで、しかも非常に高い志を持って入るんですけれども、結果的にはさっきおっしゃったような職場がある意味で非常に緩いといいますか、あるいはもしくは先例など上手に悪用しているような中で、だんだん染まっていってしまうんですね。5年、10年たった卒業生見ますと、本当にしっかりやってるのが大多数なんですが、中にはそういう中に染まってしまって、結果的に普通のサラリーマン、もっと言えば単なる労働者のようなことで、もう定年さえ無事に迎えられたらいいということになりがちですので、ここのところをもういっぺんですね、しっかり、本当に教師になったときの志を一生貫くというふうな…であってほしいと思うわけですね。
教員研修で一回、自衛隊入れればいいんですよ、全部ね。
やっぱ世の中のいろんな科学技術とかねいろんなものがどんどんどんどん進んでますからね。大学出たときだけのね、そのときの知識だけで40年なんかやっていけるわけないわけですよね。そういうになるのも教育のある程度の質を維持して、人にものを教えるためにも研修っていうのはある程度の期間、やっていかなきゃいけないし、まず、…していただかないといけない。
今、村田さん。言われたことで言うと、ことし研修の講師を随分やったんですよ。そうするとやっぱりいやいや指名されてね、どうしても行けって言われるから来てるわけだけど、だけどやっぱり研修終わって、最後に感想書いてもらって最後に感想を書いてもらうとやっぱり受けてよかったと、来るときは嫌だったけど、やっぱり勉強するってことは大事ですねと。だから研修ってやっぱりものすごい大事だと思うんですよね。
じゃああの更新制をやめるっていうのはこれは?
あれは更新制をどうするかという問題と研修をどうするかという問題はセットなわけですよね。実は民主党はもう一ついってるのは教員養成を6年制にして、もっときちんと養成しろという改正案も出そうとしているわけですよ。だからその教員養成制度を6年間にして大学院、大学4年と大学院2年でさまざまな体験をして、職場、民間の職場で働く経験とか、そういうのも含めてやっていく。それとセットでこっちを廃止しようということで。
大学院だけを聞くと、いろいろ民間の会社で働いたりするのはいいんだけど、大学院だけだと頭でっかちの人になっちゃいませんか?
だからそれがね、このごろ作ろうとしている専門職大学院というやつで、いわゆる論文を書くための大学院ではなくてですね、例えば大学院でやる教員実習、教育実習というのを学部でやる教育実習よりもさらにたくさんの時間、専門的なことでやっていこうとする、いわゆる専門職大学院ですよ、ロースクールみたいなね。現実に教員の即戦力になるということを前提の大学院教育をのせようとこれについても賛否いろいろありますけどね。
そこをね、しっかりやらないとね、今度大学院までだめになるんですよ。結局、両方だめになる。
だから。
あのね、しかしあなたが推進したといわれているそのゆとり教育っていうのはえいったいどうなんですか?
このことから…。
私はね、ゆとり教育って子ども、義務教育の子どもでですよ、そのままチーパッパもわからないようなのにね、教育に強制を伴わない教育なんかあるんですか?
ありませんよ。
ないでしょう?
ありませんよ。
だから私は例えば、その小学校卒業しても九九がいえない子が増えてきて残念ですっていって、…集会なんかに書いてある。それを読んで、こんなばかな教師、現場の教師がですよ、自分たちの教えてる子どもが小学校を卒業するまで九九がいえないなんていうもの、そんなことは客観的で、普通、いても立ってもいられないような気持ちになると。おかしいでしょう?
そのとおりです。それは何がなんでもわかってもらうようにしなきゃいけないですね。
そういうね、ことがあなた、ゆとり教育の成果として、確実に出てきてるわけですよ。
ゆとり教育っていうのは、これやるとまた長くなっちゃうんでしょうけれども、要するに、子どもを遊ばせようというわけではないわけですよ。ただ、子どももいろんな子どもがいますから、九九がすらすらっと覚えられる子どももいれば、それがなかなかやっぱり時間がかかる子どももいるわけです。
時間のかかる子は、何べんでも教えて覚えさせるんです。
それが教育というもの。
もちろんそうなんです。だからその子たちには習熟度別っていって、わかんない子どもたちのグループを作って、やれるようにしましょうと。それまでは全部一律に同じように教えてついてこれる子とこれない子に分かれていっちゃっていたのをそういうふうな組み方のできるゆとりを作ろうという話だったのが、じゃあ子どもに勉強させないでいいのねみたいな誤解が確かに現場でも出てきてしまっていたことは事実です。
それはじゃあ、ゆとり教育というのは、誤解なんですね?私も知ったのはある小学校でね、運動会がありますと。かけっこしますと、で、昔だったらみんな一生懸命走って1等から5等までできたんですけど、今はそのゆとり教育でその1位とか2位とかをつけちゃいけないから、みんなで手をつないでゴールするって聞いたんですよ。
それはね、逆なんですよ。そのやり方っていうのは、1970年代に一番盛んだったんです。みんなお手々つないでゴールインっていうのが。それはそれこそ確かに日教組対文部省なんてことの中で出てきた。むしろゆとり教育というのはそれもちゃんと順番つけましょうよと、そういうのを順番つけていって、だから、だめな子はだめだって、走るのが遅い子はほかのところがあるよという。
ただね、てんーゆとり教育の説明をいろいろ聞いたんで、そういう制度設計のなさっていることはわかったんだけど、やっぱり私は一抹の不安を感じたのは、これが末端にそういう同じような形で浸透していくのか、あるいは末端にそのような能力がそもそもあるのかということは、結局私は一抹の不安を感じて、結局浸透しなかったというふうに見ていいんじゃないかなと。
いや、すぐには浸透できなかったっていうことはそうだと思いますよ。だけどやっぱり、もう時間が何年も何年もやってくる中で、浸透はしてきている。ただ、さっきからの議論になっているように、学校現場っていうのが統制がきかない状態になっている部分では、やっぱりそれは、でもそれは逆に詰め込みをやれっていったって、機能しないんですよ。
先生もね、いわゆる学力の低下、とにかく基礎学力の低下が日本で起こってるっていうことについては、認識は同じなわけですよね。
だから、基礎学力が基本的に学ぶ意欲が低下してきているので、基礎学力も低下しているんですよ。だけど、実は全国一斉学力テストやって、私が受けた40年前のテストと同じ問題を出したら、今のほうが点数は高かったですね。
あのね、僕、確認してないからあれなんやけど。
それが点数が高かったのが、もしかすると学校で教えてもらってるからか、塾で教えてもらってるかはわからないっていう話なんですよ。ね?それが純粋に学校で得られただけの知識で答えてるかって話なんです。これだけみんなが塾行ってる時代に、いや、昔と比べて勉強ができてます、できてないっていうのは議論の土台として意味がないんです。
そうですよ。
どのぐらいの数の子が塾に生かされているかっていうことがわかってない。なぜみんなが塾行くようになった、その原因ができたかわかってない。
寺脇さんに僕は聞きたいのは、僕はこれ確認してないから、あれなんですけどね。日本の中学校3年間で教える英単語の数が1000でね、韓国が3000だって聞いたの。もしそれが義務化されてるのが、そういうけいこうがねしかも日本の場合、1000っていったら、実際には子どもたち、1000覚えず、韓国の場合、受験競争が非常に激しいですから、3000っていったらオーバー…で3500とか4000覚える。そういう傾向がね、10年20年続いたらですね、日本が中国と競争できるかどうか、以前に韓国ともう国際発信能力で負けちゃうんじゃないかと。
だから、そこは英語教育、どうするかって問題だけど、でも今度は韓国がどんどんどんどん海外にもうみんな行っちゃって、韓国の中には残らないでアメリカに行っちゃう、カナダに行っちゃうみたいなことも起こるわけですよ。
英語教育だけに限ったらそうですけど、現実問題として勝谷さんが言うように70年代の初めぐらいの教科書と今の教科書と比べると、量も分厚さも半分ぐらいでイラストの量なんかも、昔は文字ばっかりだった。だけど、本当にこの流れでこの30年間、よかったのかということは文部官僚としてはどうなんですか?
でもそれで育った私たちってそんなに立派ですか?
分厚いほうで?
そういう問題があるわけですよ。
りっぱな。
そんなこと言い出したら、むちゃくちゃになりますよ。どういう理屈ですか?それは。
そうじゃなくて、今、新しいね、21世紀に入って、新しい時代に対応できないでこの国はグルグルしてるわけじゃないですか。それは今までのやり方っていうのが立ち行かなくなっていくから、新しいことを考えて。
今のまんま、教科書の厚さを半分にしたら、立ち行くんですか?
立ち行けるようにしたいと思ってそうしてるわけですよ。
無理だと思う。
それはものの考え方だからね。
いや、ものの考え方ってそんなこと、世の中で起きてることを見てみろと。どんだけの子どもたちがゆとりをなくして塾に行かされてね、うちなんか小学校で子どもを塾に入れなかったら、近所じゅうになんで辛坊さんのところは塾に行かさないんですかって全員入ってるから、行かさないことが親が非難されるぐらいの状況なんです。
それは辛坊さんの家の周りの話だけですよ。
ふざけんじゃないって、世の中、見えてないよ、あなたは!
あなたこそ、全国…。
皆さん、どうですか?知らないでしょう、あなた!まったく見えてない!
なんで?
どんだけの子どもが塾に行ってるか、
この人が本当に日本の教育の中枢をやってたなんて…。やっぱりちゃんとやりますよ、立て直しますよ、この国を。今からですから、僕らが中枢に入っていくのは。前もね、ここの委員会でビデオを見てもらったことあるけども、あいつら本当に国のこと、人のことしか考えてないよ。利他的な自分はどんな犠牲にしても国のために殉ずるってやつらが今、日本の中枢に入っていきますよ。僕ら、一番勉強した世代、みごと…にのっけたるわ、見とけ!
ついでに言いますけども、ついでに言いますけれども、一止さん、一止さん、おっしゃることはいちいちもっとも、ね、だけどこれできょうこの内容で、顔を出さずにモザイクかけてしゃべるっていうのは私は元教育者として卑怯だと思う。
うん。えーとですね…。ありがとうございます。心情的によく理解できます。しかしですね、これはまあ、一個人の感情で出した本じゃありませんので、まあ現在の日本の教育事情というものを現場から声を上げなければいけないという、やむにやまれない思いで書いたもので、誰かを責めるという気持ちはまったくありません。
責めなきゃだめなんですよ。
そうではなくて、この今の大阪に限らない、日本全国のこういう状況をですね、世の中の人に知っていただいて本当にこれで教育がいいのかと、公立学校これでいいのかということを本当に考えてほしい。
そうねぇ、だから私も子どもを持つ親として、やっぱりなんか、お話を聞いている限り、子どもを学校に行かせることがはたしていいのか悪いのか。なんかもう、本当なんか、基本的なことなんですけど、なんかもうそこからになってきちゃう、そういう教育ってどうお考えですか?
そう思われることは残念ですけども、でも大体おいでになる学校って決まってるじゃないですか。もし行くとなったときに、小学校。
学校区域がありますね。
それをぜひ見に行ってもらって、どんな学校かをしっかり見て、この学校はだめだというんであったら、どこがだめっていうことをはっきりおっしゃっていただければいいと思うんです。今それはちゃんと聞いていこうと、そういって出てきたとこっていうのは、きちんと直していこうというふうには変わってきてるんです。
世間もね、あの子は大学出てんねんとか、どこそこ出てんねんとか、そんなことあんまり言わんほうがええ。もう言いすぎるわ。ほんまに。たいしたことないって、ほんなもん。いやいや、ほんま、ほんま。
それでも子どもがね、どうしてもおかしくなったときは皆さん、
さあ、続いてです。日本人はだんだんばかになってってるんでしょうか?
民主党がマニフェストで掲げた高校の無償化。これは公立高校の授業料を無料にし、私立高校に通う生徒には年間12万から24万円助成する教育政策の目玉。これについて文部科学省は、4500億円の予算を要求しています。はたして、それだけの大金をつぎ込む値打ちがあるのでしょうか。
鳩山総理は経済的な理由で十分な教育を受けられない子どもをなくすと胸を張りますが、すでに今、高校の進学率は98%。勉強したいからではなく、みんな行くから高校に進む若者がほとんどでしょう。劇作家で元大学教授の山崎正和さんは、
高校無償化はなんとなく進学のすう勢に拍車をかけるだけ。本当の問題は高学歴化が学力向上に結び付いていないことだ。
と、指摘しています。高校、大学と続く日本の高等教育。しかし、質の劣化は年を追うごとにひどくなっているといわれます。
工学部の学生なのに、分数の計算ができないことはいまや珍しくなく、学生が茶髪をやめたら1万円プレゼントといった制度を真剣に検討する大学もあるとか。あの京都大学でも来年度から新入生に交通マナーや薬物の危険性を教える、いわば一般常識教育をする方針を決めました。
なぜこれほどまでに日本の大学はレベルが下がったのでしょうか。ゆとり教育とともに多くの専門家が元凶と指摘するのがAO入試なる制度。AOとはアドミッションズ・オフィスの略で、学力試験では、特徴ある能力や人生経験などで合否を判定。これにより画一的でないより個性的な学生が集まるとして、導入する大学が増え続けています。しかし、その実態は、学生集めに苦労する二流、三流大学が自分の名前さえ書ければ合格させる、いうなれば、ゆとり入試。こんな制度のもとで高校生が勉強するはずもなく、ただでさえ低い学力をさらに押し下げる悪循環を生んでいるのが現状です。それならば、いっそ大学の数を減らしてしまえばよさそうなのですが、急激な少子化の中、なぜか大学の数は年々増え続けています。その理由は一説には文科省役人の天下りポストの確保といわれており、事実、平成15年からの5年間に辞めた上級職員の3分の1が学校法人に再就職しています。そして、これらの学校法人には年間4590…4500億円もの補助金が支払われています。
一方で、櫻井よしこさんは週刊新潮の特集で外国人留学生を大幅に増やす政策にばく大な国費が費やされ、その恩恵のほとんどを中国人留学生が得ている実態をリポート。日本の教育予算で中国の頭脳を育てていると警告しています。
以前、当委員会でこの人が。
習熟できぬ者、卒業するべからずにしなきゃだめなんですよ。小学生だって落第させればいいんですよ。
と、日本の教育にも落第制度を設けるべきと提言していましたが、ここにも実は制度の壁が。もし、卒業レベルに達していない学生を落第にすれば、大量の留年者が出るのは確実。しかし、大学にかかわる規則では学生数が定員の1.5倍以上になると、自動的に補助金が打ち切られるのです。全国の大学の半数近くが経営難の中、補助金打ち切りはまさに死活問題。今や大学自体が教育より経営が最重要課題なのです。
ばく大なお金を費やしながら、中学生レベルの学生たちを集めて、学士として送り出すだけの施設に成り下がった大学。それでも無事卒業してくれればまだいいほうで、中には薬物に手を出し、逮捕される者さえいる始末。最高学府がこの状況で、未来を背負う人材が本当に育つのでしょうか。
そこで皆さんに質問です。これらの問題を解消するために、教育システムをどうすればいいと思いますか?
面接だけでとか、そんなのもあるんですか?
あります、あります。
AO。それから一芸入試みたいなのもありますよね。
まあ途中、出てきましたね。一芸入試。
だから、勉強だけじゃなくていろんなことで人を評価しないといけないっていうので、そういうの始まったんですけど、今、少子化で学生はなかなかできないから、簡単に受験生を集める方法に今、趣旨が変わっちゃったって感じがしますよね。
大学の数ね、3分の1でいい。がさっと3分の1にして、大学があるからいかなきゃいけないような世間の目になってるわけですよ、さっきおっしゃったように。
ごめんなさい。バカロレアの。
大学入試資格試験。フランスなんかでやってる、統一試験。これだけの能力が、能力って、これぐらいの学力がある人は大学の受験資格がありますけれども、そうじゃない人は人間的にどうだっていうんじゃないよ、そうじゃない人はこっちのほうは向いてないから、別の道を。
専門の道をね、カーペンターになる学校行きなさいと。
そうでないと年とっても自分探し続けてるから、仕事もなくなってきちゃうわけですよ。
私の知り合いで岡野工業というね、注射器の針を細く作ったりね、あるいはリチウムイオンの電池のケースを作ったりしてぼろもうけしてる人がいるのね。その人の話聞くとね、私のとこなんかに来るのはね、中学出がいいって言うんだね。もう高校とか大学出になると使いものにならないと。つまりもう肌で教えていかなきゃいかんと。だからね、要するに学校教育が増えてでも、そういう道で、その能力のある人もいるんだから、だから何も全部高校まで行かなきゃいかん、大学まで出なきゃいかんということはないんだよ。
そのとおり。
日本は半分大学出るわけですよ。だけどね、大学行って何やってるかというと、大体遊んでるんだからね。
大学がね、今4年制大学ですけれども、1年生入ってきたら、僕はゆとり教育が悪いとは言わないけれども、例えば世界史でも現代史は習ってませんとか、日本史も近現代習ってませんとか、そういう人たちが来る。そうすると、法学や経済を勉強するのに近現代習ってないと具合悪いわけですね。そうするといわゆる転換教育って大学でこういうこと勉強しますよって、時間かけて慣れてもらう。それで大体1年間、つぶれるわけですね。こんどね3ねんせいのいまごろ大学3年生の今ごろ、もうそれは就活、みんな就職活動で、エントリー、リクルート。で、それで決まればいいですよ、運よく決まってくれればいいけど、就職が決まったら、じゃあもう一回大学に戻っていって勉強するかっていったら、1回ね、キャンパスからえ離れていった学生っていうのはよっぽど向学意識がない人でないとね、戻ってこないわけ。
卒業させなきゃいいじゃん。
単位はそろってんだよ、そしたらさ、今度はあるバイトだ、それから海外旅行行こうと、部活だっていろいろやり出すわけ。そしたら結局ね、大学の4年生ってもう、勉強しないのよね。日本、4年制大学っていうけどね、事実上勉強できるのは2年生と3年生、短大なんですよ、皆さん。短大でね、東アジアで競争できますか?今から。中国や韓国相手に。
大学生の就職率が悪い、悪いっていってるけど、あたりまえだ。あんなばったもん取るバッタもん取るとこないよ。だから大学生の就職率が悪いんじゃなくてその分母が大きくなりすぎたわけ。本当は大学行かない人までいってるから、その先が。
それは企業だってどんどんどんどん就活を前に、先延ばしするからさ、いってさ、学業の時間、短くなるわけ。
大学っていうのはやっぱりリーダーを作るっていうふうに変えたらいいんじゃないですかね。社会のリーダーを作ると、その人たちはただ、技術とか知識とかだけではなくてね、やっぱり道徳観とかがきちんと身についてると、いうこと私は、教育勅語と修身の教科書をいいんではないかと思うんですよ。本当、い…。
事業仕分けで道徳のことを外してしまうなんていうのはやっぱり私は民主党政権の、何を考えてるのかと思うんだよね。
学校教育を含めて教育とは何かといえば、人間を作ることなんですが、実は大学教育の中で一番、私が痛感しておりますのは、人間としてのちょっとしたしつけとか、心得がないんですね。皆さん、どう思われるか知りませんけど、大学で事業の始まりと終わりにあいさつをすることがあると思われますか?これ小さい教室であれば大体するケースが多いんですが、大教室では自然に先生が入ってきて、自然に終わるというケースがほとんどなんですよ。私はそれいけないと思いまして、もう教師になった最初から、どんな大教室でも、小教室でも起立してあいさつをするんですね。それ単なる、敬礼をせよというのではなくて、これからいっしょに勉強しましょう、これで終わりましたから、きちんとまた気持ちを切り替えましょうという意味でのあいさつなんですが、それがなかなかですね、今、行われがたい。そこでもうわざわざ私は授業の始まりに、これから、私のほうからですよ。よろしくお願いしますと言うんですよ。なぜかというと、よろしくお願いしますという言葉を発した経験のない人々にぜひ復唱してほしいから言うんですね。授業を終わったあと、ありがとうございましたって、僕のほうから言うんです。学生たちも渋々ありがとうございましたと言うようになる。それが1週間、半年たちますと、おのずとそうするものだということを身につける。そんなこと、実は小学校でもやるべきことなのが、だんだん行われないようになってきてることが問題なんです。一度申しますと、今、小学校中学校で、道徳という時間はあるんです。ですけれども、正式な教科でありませんから、あまり機能しておらない。これ中学生の心のノートっていうのがありまして、これ、文科省が作ったもので、よくできてるんですが、実情を聞きますとほとんど使われておらない。年間3億くらいかかるんだそうです。学校の外に配ってるんですが、使われないような状態、なぜかというと結局、道徳というのが正式の科目でないから、結果的には、やってもやらなくても特にペナルティーはくわないと。そんな中で、小中学校を経てきて、結果的に大学に来て一番困るのは、就活するときに結局、しつけができてないじゃないかということを企業の人から言われて、私どもの大学でもそれはきちんとさせないといかんということになってきてる。どうか高等教育を考えるときに、単に頭でっかちの知識教育だけじゃなくて、そういう人間としてのきちんとした特性を
大学なんて行かんほうがええ。そんなこと言うて。
おっしゃるとおり。
お前ら、ばかたれ!大学出たらはなし家になるな、えらい迷惑じゃ、ほんまに。
せやけど、増えていってる、ちょっと、増えてるよ。
増えてへんよ、大学生なんかそんなもん。せやからおれ、おもろいのや。
でも…。

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