1億人の大質問!?笑ってコラえて!吹奏楽の旅スペシャル2010 2010.11.3 transfer


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笑ってコラえて!緊急生放送スペシャル。吹奏楽の旅2010完結編。今をさかのぼること9か月前。番組では、全国大会を目指し、熱き涙としれつな戦いを繰り広げる高校生たちに密着開始。
重い!やる気あんのかよ!
足かけ9か月にわたり、一部始終を収めたテープは2320本。吹奏楽に青春をかける熱き物語のすべてが、こよい完結する。ことし3月、鹿児島情報高校吹奏楽部から返ってきたアンケートには、驚くべきことが書かれていた。3年前、2007年の創部にもかかわらず、なんと翌年2008年と2009年の2年連続全国大会に出場したとある。吹奏楽の甲子園、普門館で行われる全国大会の舞台に立てるのは、日本中1500を超える高校のうち、たった29校だけ。この地へ行くことを夢見ながら、何年も何年も涙を飲む高校が多い中、この学校がわずか2年で普門館に出られた秘密とは?スタッフは鹿児島情報高校を訪ねた。
こんにちは。
こんにちは!
この部のいいところはどういうところですか?
先輩方からもう代々、楽しい子ばかりです。
楽しい子ばかり?じゃあ一番楽しい部員、誰?
引地君。引地君って誰ですか?いい感じですね。引地君。すみません、担当はなんですか?
バストロンボーンです。
ちょっと今、吹いてもらえますか?すみません、今のは、なんですか?
いや、吹けって言われたんで。
じゃあ、この部の名物ってなんですか?
いさお!
いさお?いさおってなんですか?
指揮者の先生です。どうもこんにちは。いさお先生。
はーい。
どうも、よろしくお願いします。
御年71歳の屋比久先生率いる鹿児島情報高校吹奏楽部は、このとき、2007年の創部と同時に入学した3年生33名が、まもなく卒業という時期だった。その3年生たちに話を聞くと。
なんでこの吹奏楽部に入ったんですか?
屋比久先生。
追いかけて!
有名だったの?
神、神!吹奏楽の神。
っていわれてた?
吹奏楽の神様とたたえられる屋比久先生は顧問歴45年の大ベテラン。まだアメリカ統治下にあった沖縄で、小学校のバンドクラブ顧問になったのをきっかけに、独学で吹奏楽の勉強を始め、沖縄が返還された1972年、那覇市立真和志中学校吹奏楽部を普門館に導き、金賞獲得!生まれたばかりの沖縄県に、初の全国金賞をもたらした。それ以来、沖縄県と福岡県の中学高校を25回も全国大会に出場させてきた神様が、3年前、まだ吹奏楽部のなかった鹿児島情報高校へ赴任することになった。
鹿児島中が騒いでました!屋比久先生が来るよ!って。
本当は公立に行くつもりだったんですけど、親の反対を押し切って、入学しました。
神様の下で音楽をやりたい一心で、鹿児島県中からはせ参じた新入生たちによって、2007年、鹿児島情報高校吹奏楽部は誕生した。日本吹奏楽界にその名をとどろかす吹奏楽の神様には、一つの特徴がある。この神様は、決して怒らない。
そうです。そうそうそうそう、今クラリネットも上手になって、ホルンも上手になって、サックスも上手になった。音楽ができないということでは、もう絶対にしからない。
どういう練習なんですか?いつも。
基本を大事にして。基本がしっかりしてればもう、曲もすぐ仕上がるし。
基本を大事にする鹿児島情報高校の練習は、呼吸法から始まる。次にロングトーンを行い、安定した音程と音色の美しさを鍛える。ほかにもタンギングや音階練習など、鹿児島情報高校は、一連の基本練習を部活始めに必ず1時間かけて行う。そして基本練習は生徒主体で行う学校が多い中、先生は決して生徒任せにせず、ひとりひとりの音へ、真剣に耳を傾ける。
だんだんいい音になってきたね。
さらに…。
はいじゃあエルザやって終わるぞ。
はい。
屋比久先生が毎日欠かさず、合奏練習の最後に演奏させるのが、ワーグナーの作曲したエルザの大聖堂への行進だ。終始ゆったりと、厳かな旋律が続くこの曲は、フルートとクラリネットのピアニッシモから始まり、徐々に木管全体、金管へと、メロディーが引き継がれていく。
まだまだ奥、奥よー。
このごまかしのきかないゆったりとしたテンポの旋律が美しく響くためには、音が鳴っている間、ずっと全員の音程が合っていなくてはならない。それには、呼吸法やロングトーンなど、日々の基礎練習が要となる。そして、ピアニッシモで始まった曲はここから最後へ向かって、全合奏によるフォルティシッシモへ盛り上がっていく。今まで、数分間ロングトーンを続けてきた状態の唇は疲弊している。もし弱いものが一人でもいれば、ここで音程はぶれ、バンド全体の音が濁ってしまう。だが、つわものぞろいなら、全員の音はピタリと合って、はるか遠く、聴く者の魂まで飛んでいくはずだ。基本練習の全要素が凝縮されたエルザの大聖堂への行進を、毎日欠かさず吹くことが、40年かけて作られた屋比久サウンドの礎なのだ。練習終了後、バストロンボーンの1年生、引地君が同じパートの3年生を紹介してくれた。
鶴田先輩です。
鶴田先輩?鶴田先輩ですか?
です、鶴田先輩です。どうも。
3年生ただ一人のバストロンボーン、鶴田君は、自分がなんとか同じパートの後継ぎをと1年前、野球部出身で音符の読み方も知らなかった引地君を勧誘。以来、毎日隣で温かくも厳しい指導を続けてきた。そんな鶴田君もまもなく卒業を迎える。翌日、生徒たちが楽器を運び出し始めた。
あしたのお別れ演奏会のために。
お別れ演奏会?担当何なんですか?
キャプテンをやってたので。
ああ、そうなの?こんにちは。
こんにちは。サブキャプテンです。
どうでした?最後の普門館は?
キャプテンといっしょに表彰式に出て。
別の涙を3年生はすごい流してたんで。
これは普門館、昨年の表彰式。
ゴールド、金賞。
金賞を受賞する学校もある中、鹿児島情報高校は…。
鹿児島高等学校、銀賞。
結果は銀賞。そして実は、その前年も銀賞だった。2人の流した涙は金を逃した悔し涙だった。
屋比久先生にも今まで3年間お世話になったから、金賞という恩返しができなかったことに対して、すごい悔しかったり、申し訳なかったりとかで。
お別れ演奏会。神様を信じ、仲間を信じやってきた3年間が、まもなく終わる。栄光の舞台に乗った喜びと、そこで味わった悔しさの両方を音に乗せる。屋比久先生と33人の最後の曲はもちろん、毎日吹き続けたあの曲だ。きょうを最後に、この同じバンドは存在しなくなる。最後の音が鳴り、消えたあとに待っているのは、お別れだ。演奏会終了後、卒業する元部長の内田さんが、全員を集めて話し始めた。
3年生たちが2年間、全日本に出場して、それでも銀で、悔しくて流した涙も1、2年生のみんなには絶対忘れないでほしいし、みんなには、絶対全日本に出場して、金賞を取って帰ってきてほしいなと思っています。
1、2年生も、先輩たちが成し遂げることができなかった全国大会で金賞というのを目指して、頑張っていきますので、応援よろしくお願いします。
普門館に出たうえで、必ず金をとり、先生にささげる。鹿児島情報新バンドが背負った重い十字架とともに、吹奏楽の旅2010は始まった。
皆さん、こんばんは。お元気ですか?笑ってコラえて!ですよ。これはあれですから、夕飯は皆さん、終わってますかね。食べながらでも結構なんですけどね。
きょうは生放送ですからね。
なんですよ。すごいですよ、これ、何年やってるんでしたっけ?
14年で初めて。
初めて。伊藤さん、初めてなんですよ、生放送。伊藤さん、この間干物大量にありがとうございました。
その話題は今、いりません。
生放送じゃないと、大概カットされちゃいますからね。生放送で言っとかないとね。
きょう、吹奏楽の旅ということでですね、なんとすばらしい、金聖響さんに来ていただきました。
ようこそお越しくださいました。さあ、ご紹介しましょう。金聖響さんは、あの小澤征爾氏の下で学び、若くして、世界中の有名オーケストラを指揮、日本有数の吹奏楽楽団、シエナ・ウインド・オーケストラでも、タクトを振ってらっしゃいます。ということで、世界的な、きょうは指揮者の方にお越しいただいているんですよ。
かっこよすぎますよね。
番組がなんか締まりますよね。どうですか?今の鹿児島情報見て。
うまい!うまいって言ったら失礼なんですけど、僕もシエナっていうウインド・オーケストラと仕事をしていて、たぶんみんな、そういういい環境に育ってきてるんですけど、本当スーパーにすばらしいプレイヤーさんなんですけど。もうすごいです。
最後の演奏なんか、感極まっちゃうじゃないですか。
音楽以上の世界ですよね、愛に満ちあふれてる感じ。
ああなると音だけじゃない感じもしますもんね。
そうです、もういろんなもんが飛んでて。僕もちょっと泣きそうになっちゃった。
きょう昼間ね、早慶戦見てたんですよ。斎藤投手、最後だったでしょ?最後の早慶戦、彼はマウンド立ってるんだなと思って、これ見てて、そんな感じですよね。同じですよ。最後の演奏だから。
そう、こちらも甲子園なんですよね。
中野くん、きょう昼間からずっとこの番組、宣伝してくれましたね?
そうですよ、野球だけじゃないぞと。
またすごい格好してるね、あなた。
緊急生放送なんでね。
何かついてる。
緊急生放送感を。ちょっとアーティスティックなにおいもね、かぐわせながら。
いつものVTRだったら、カットされちゃいますから。よろしくお願いしますね。やぐっちゃんもきょう、感動すると思いますよ。
最初から感動しちゃった、このまま持つかな?っていうのはありますね。
その前の番組のクイズ出たいって言ってたじゃないですか。
きょうはもうずっと皆様に感動していただきます。全国金賞を目指す鹿児島情報高校、その後も気になりますが、続いてはですね、今までにたった一回だけ全国大会に出場した学校の、ことしのチャレンジ、追いかけます。
それ見てみましょう。
見てみましょう。笑ってコラえて!
ことし3月、スタッフが訪れたのは、千葉県にある船橋市立船橋高校吹奏楽部だった。
こんにちは。笑ってコラえて!という番組から来たんです。
えー?
顧問の先生どんな先生?
声がでかい!
彼らの顧問はヘアバンドを愛する49歳、高橋健一先生だ。この日、コンクールの課題曲名が発表された。
汐風のマーチ、それで、進んでいきたいと思います。
吹奏楽コンクールでは、自由曲と課題曲の2曲を演奏する。5曲ある課題曲の中から、市船が選んだのは汐風のマーチだ。
最終的にね、これ、汐風のマーチのほうが難しいと思う。マインド・スケープより。それを自分たちの役割で、この曲に命を授けていかないと、課題曲っていうのはね、音楽にならないです。
はい!
1、2、3、はい!おれには7小節目のエスとデスの音。きつく聴こえるんだよ、キーキーって!もう一回頭から!まだデスが重い!
はい。
はいはいはいって言ってるけど、何も変わってねぇよ!もう一回!
はい!
2007年に、普門館に出場することができたのは、大きな理由があるんです。
市船が全国大会に出るためには、千葉県も含まれる東関東支部大会を勝ち抜かなければならない。ところがこの支部には、日本の高校バンド2強がそろっている。市立習志野高校と、市立柏高校だ。市立柏高校はこれまで普門館に21回出場。そして市立習志野高校は、普門館に24回という、圧倒的な実力を誇る。実は、全日本吹奏楽コンクールには、3年連続出場すると、4年目は出場できない、通称、3出制度という大会規程がある。東関東支部大会過去10年間の結果を調べてみると、東関東の2強、習志野高校と、柏高校が2000年から3年間連続出場して、2003年は3出。2004年から2006年まで連続出場すると、4年目の2007年は、再び3出で欠場していた。2007年、市船が一度だけ普門館に出られた理由は、2強がいなかったからだ。その後の2008年と2009年、2強の戻ってきた支部大会での市船は、金、銀、銅、3つの賞のうち、金賞はとるものの、全国代表には選ばれない金賞、通称、ダメ金で終わり普門館へは手が届いていない。そしてことしも、東関東の2強は出場する。市船は妥当2強を胸に練習に励む。合奏後。
ちょっとね、会わせたい人がいて。
先生に導かれ、部屋に入ると、そこには。
谷村絵美子です。
こんにちは。
会わせたい人でした。
彼女、谷村絵美子さんは、6年前の2004年、番組が吹奏楽の旅で、市立習志野高校を取材したときの3年生で、副部長兼フルートのパートリーダーだった。3出明けだったこの年、習志野は全員一丸となって、普門館に出場。みごと、金賞を獲得した。その彼女がこの春、音楽の講師として、市船に赴任してきたのだ。
きょう、合奏聴いたの初めてじゃないですか。
やっぱりまだ、自分の音の思いしかないから、すごい怒ったり、叫んだりとか、そういういろんな言葉が音となって表現できたらいいかなって。
本当にそのとおりなの。思っていたけれども、結局それを伝えきれずにいる自分。やっぱりそこは、僕のネックだと思うんですよ。だって僕、楽器できないんですもん。
楽器の経験まったくないんですか?
ないです。
なんと高橋先生は、これまで一度も楽器を演奏したことがない。一度はサラリーマンとなったが、先生になる夢を忘れられず、3年間の猛勉強の末、教員採用試験に合格。国語の教師として法田中学に赴任したとき、人生で初めて吹奏楽と出会った。
千葉県は吹奏楽が盛んで、武者修行じゃないですけれども、子どもたちといっしょにいろんな所に行きました。その中でやっぱりこう、勉強していって、だんだんわかってきて。
楽器未経験を努力で克服し、ついに2007年、高橋先生は、市船を普門館へ導いたのだ。そんな経歴の2人が、ことしタッグを組んだ。数週間後、谷村先生によるフルートレッスンが行われた。
もうね、ティンティティンがもう、あれで銅賞だと思う。本当、このままだったら代表どころの騒ぎじゃない。全体的に市船の音はすごく、音程が気になる音なの。だからフルートパートから発してほしいんだけど。最強にまずいんです。
彼女たちは普門館経験者である谷村先生から、厳しい現実を突きつけられた。
間に合わないですよね、今のままじゃって思いました。
あんま、悩んでる時間ないですよね?
うーん、わかんない。
フルートの3年生、飯塚有咲さんは、2年生のとき、コンクールメンバーとして、涙のそこへ沈んだ一人。彼女は答えを見つけられぬまま、家路に着いた。数日後、全部員127名は、楽器を持たずに校庭へ出た。すると…。
1と2と3と4と5と6と7と8と…。
先生これ、何やってるんですか?
よさこい。よさこいソーラン祭りってのが、北海道で行われるんですよ。
関係ないんじゃないですか?
楽器も表現だし、このダンスも表現だし、表現をするっていう大本!スピリットみたいなものを育てるうえでも、ものすごく関係ありますね。
運動部が盛んな市船で、かつて吹奏楽部は、彼らの応援団にすぎなかった。そんな彼らに、表現することの楽しさを味わってほしいと考えた高橋先生は、6年前からよさこいに参加。すると、音楽レベルも狙いどおり向上し、全国大会に手が届く成績を収めるようになった。
ほかのことやってて大丈夫なんですかね?
本当は大丈夫じゃないかもしれないんですけど、かっこつけたこと、言っていいですか?こういうやり方、ポリシーで勝ちたいの、おれ。柏とか、習志野に。
そして6月の北海道で。
自分が自分を、あきらめない!
市船吹奏楽部は、踊りだけで勝負するよさこいソーラン祭りに参加。高橋先生のポリシーに従い、全部員127名で踊りきった。審査の結果、304チームの中から選ばれる10チームに市船は入り、高校生チームとして初めて、ファイナルに進出した。
めっちゃうれしい!なんか一気に普門館、行ける気になってきました。
支部大会の前哨戦である、千葉県大会本戦1週間前。飯塚さんともう1人が指揮台に立ち、レッスンをしていた。
低音お願いします!
はい!
7、8。
チューバ、まだエスが当たらない人がいる。
はい。
なぜ先生ではなく、生徒がやっているのだろうか。
ああいう力を持った子たちが仕切ることによって、僕や、谷村先生が仕切る以上のものが生まれてくる、まちがいなく。
チューバの音程が悪いと感じた飯塚さんは、もう1人にレッスンを任せると、パート練習に顔を出した。
歌ってる?もっと、ララミーレミレレミドラソファって歌にしてやって!
はい!
あー、最低限そんな感じがいい。
忙しいです。谷村先生はそういう意味だった気がします、なんか。
どういうこと?
フルートはそこまで追い込まれてないじゃんみたいな。だから自分のこともやばいんですけど、最大限にできる所は頑張ります。
翌日からも、飯塚さんは皆の演奏向上のため、レッスンを仕切り、その合間で自分の楽器練習を行う多忙な日々を送った。そして千葉県大会本選の日。結果は順当に金賞。千葉の2強、習志野、柏両校と共に、東関東支部大会へ駒を進めた。学校に戻ると、本番後の抽せん会で引き当てた支部大会での演奏順番が発表された。
抽せん会で引き当てた東関東支部大会の演奏順番が発表された。
出演順です。2番です。
参加24校中の2番目。生徒たちが落胆したのは、若い演奏順は不利と信じられているからだ。市船が参戦する東関東支部大会。演奏順2番の成績を調べてみると、昨年、三浦学園の銅賞まで銀賞、銅賞、銅賞となり、2番手で金賞全国代表を勝ち得たのは、5年前の習志野高校までさかのぼらなければならない。市船は演奏順2番という心理的なハンデを背負った。しかし飯塚さんをはじめとする部員たちは、それに臆することなく練習に没頭した。
ブレススタートがやっぱり遅れちゃうから、もう一回!
東関東まで残り4日。校内で行う最後の合奏となった。
課題曲C。
はい!
1と!もっとさ、柔らかくなんねぇか?柔らかく。これともっと対照的になんない?低音はすごくよくなってるの。すごい重心があって、よい感じになってるからさ、乗っかればいいだけだって!
どうやら生徒主体のレッスンが効果を上げ、低音度が充実してきたようだ。
頭からやってごらん。1、2。
東関東支部大会前夜、彼らは開催地の栃木県宇都宮市にやってきた。当日の朝。演奏順2番手の市船は、宿泊しているホテルで早朝5時から練習開始。最後の合奏に集中する。
なんかいい感じでいけそうな気がします。終わり。
ありがとうございました!
午前8時。
キラリン、キラリン、ほら汐風が吹くよさわやかに、すてきよ。
すてきよ。
部員たちは課題曲、汐風のマーチに乗せて作ったオリジナルの歌を合唱しながら、いざ、決戦の地へ向かう。全国大会への登竜門、東関東支部大会に出場するのは、千葉県を含む関東4県、全123校の中から勝ち抜いてきた24校。そしてこの中から3校だけが普門館の舞台を踏める。1番手の学校の演奏がまもなく終わろうとしていた。高橋イズムのもと、市船メンバーの戦いが始まる。
プログラム2番、千葉県代表、船橋市立船橋高等学校。
それでは、本日の審査結果を発表します。
発表方法はまず、演奏順に金、銀、銅の各賞が言い渡され、その後、金賞に選ばれた学校の中から、全国大会に出場できる3校が発表される。
2番、千葉県代表、船橋市立船橋高等学校、ゴールド金賞。
まずは第一関門突破。ライバル、市立柏高校と習志野高校も順当に金賞を獲得。24校から8校が金賞に選ばれると、式次第は代表校発表に移った。
代表団体を出演順に発表いたします。
普門館への切符は3校。市船の出演番号は2番だ。
17番。千葉県代表、柏市立柏高等学校。19番。茨城県代表、常総学院高等学校。22番。千葉県代表、習志野市立習志野高等学校。以上、3番代表でございます。
ポリシーを貫き、市立船橋は敗れた。
普門館行くって言ったのに。すみませんでした。めっちゃ悔しいです。もっとたくさんの人に聴いてほしかったです。
うーん。
なんと言ったらいいんでしょうか。取材しているからどうしても入れ込みますけどね。
思い入れがあるんですけど。
行ってほしいけど。
でもすばらしいサウンドだったんじゃないですか。
そうですね。どうですか?
めちゃくちゃうまかったですし、ほかの行った高校の音が聴きたいですね。
そうですね、どのぐらいあと差があるものなのか。
何を基準にしているのか、知りたい。
差がわかんないですもんね。
あそこで座ってて、自分の高校呼ばれないじゃないですか。ほかの高校が喜んでるじゃないですか。あの落差はありますよね。
声しか聞こえないけどね。ちょっとあれはつらいわー。
本人たちはどのぐらいの点数の差なんだかを聞きたいでしょうね、きっとね。
だって、また来年に向けて、どういう努力が必要なのかっていうのを先生も含めてね、これ、考えなくちゃいけないわけですもんね。
これから分析していくでしょうしね。
たぶん、出場した高校すべて、みんなああいうドラマがあると思うんですけどね。
そうですね。
どうですか?バスの中でみんなで歌ってたの、なんか。
いや、めっちゃ鳥肌立ちました。
あそこまで練習するんだね。
歌でも完ぺきだったじゃないですか。それをまた楽器で。もう本当に今の大会見ても、何一つ欠点が見当たらないので、絶対いけると思ったんですけど。
あの先生はおもしろいよね?ああいう感じで勝ちたいんだと。
そうそう。
おれはこういう感じで勝ちたいんだと。
よさこいでさ、どうしても楽器やってると、汗かかないでしょ。ああいうふうにやっぱりよさこいで汗出すのっていいよね。
でも先生もちょっと思うんでしょうね、あのよさこいの時間を、こっちに…。
ないないないない、そんなことないですよ。
体動かすの大事なんで。
絶対大事だと思います。
一体となるのも。
あれはもう本当に体を動かさないと、腹式呼吸もそうですからね。
体力からね。
そうです、体力です、最後は。
中野君どうでした?
先生でも、よさこいのとき、めっちゃかおかがやいてましたよね?
本人が一番、喜んだみたいな。
よさこいでチャンピオン狙えばいいんじゃないですか?
そうですね。
いやいや、このまま音楽でいくでしょう。ここまででもドラマだもんね?
でもね、実はまだまだたくさんの学校、追っているんです。感動いっぱいの生放送、まだまだ続きます。
ちょっとコマーシャルでござ
番組が訪れた3つ目の高校は東海大学附属高輪台高等学校だった。
すみません、こんにちは。
こんにちは!
何かすばらしい部員っていらっしゃいますか?
水間さん。
えっ?
水間さん。
水間さん?
ものまねが得意なの?どういうものまねが?
畠田先生。
畠田先生って誰ですか?あっ、どうもすみません、さっきから、先生ですか?
はい、僕です。
あっ、すみません。
じゃあ、先生がよく言うこと言います。当たった人ジュース。
4月1日、早くも高輪台はコンクールに向け、自由曲の猛練習を始めていた。その熱気の理由は昨年、全国大会に出られなかったから。これを勝ち抜ければ普門館という東京都大会で、高輪台は金賞をとりながら、代表の座を逃したのだ。昨年、2年生として都大会に臨んだ部員に話を聞くと。
私自身あんまり、その技術的に追いついてないっていうのがあったので。あの…、すみません、本当に申し訳ないなと思ったんですけど。あの…。
ことしはどうしたい?
全国に行きたいです。
思い出しただけですすり泣くほどの悲しさと悔しさ。部員たちは皆口々に、全国大会への出場を誓った。今から16年前、畠田貴生先生が顧問となった当時、東海大高輪台は都大会以前の予選大会で敗退してしまうほどの弱小校だった。だが、兄弟校であり、全国大会の常連校である北海道の東海大学付属第四高等学校の顧問、井田重芳先生との出会いがすべてを変えた。
当時の僕はね、今思うと本当恥ずかしいんですけどね、生徒のせいにしているんですよね。いやぁ、あいつがうまく吹けないからとか、こいつがうまく吹けないからとかね、でも先生、いいですよね、先生、うまい子たちが集まってきて。高輪台は全然だめなんですよ、初心者ばっかりでって言ったら、井田先生がね、飲み屋だったんですけど、机を、バーンとたたいて怒ってね、ふざけんなよ!お前、高校生なんてみんないっしょなんだよ、四高にだって初心者の子はいっぱいいるんだ。もう子どもが下手なのはお前の指導が悪いからじゃないかって言われて。
改心した畠田先生は、週末ごとに全国の強豪校を訪ね歩き、指導方法を学んでは東京へ帰ってきて、試すことを繰り返した。すると2001年、初めて予選大会を通過し、東京都大会に進出。よく2002年は一気に東京都大会も勝ち抜き、初めて全国大会の舞台を踏んだのだ。しかも、勝ち取ったのは、金賞。翌2003年も全国大会で金賞。2004年こそ東京都大会で敗退したが、2005年、2006年、2007年と連続で全国大会に出場し、すべて金賞を獲得。2008年は3出でコンクールは名誉の欠場。高輪台は破竹の勢いで、名門校へ上り詰めていった。そして、絶対の自信を持って臨んだ3出明けの昨年。東京都大会でまさかの敗退。先生にとっても生徒にとっても悪夢の結果だった。再起を期す、ことしの彼らが力を入れているのが自由曲の選定だ。今、演奏しているダフニスとクロエは、全国大会で取り上げられること41回と、過去最多の名曲。また2007年、彼らの先輩たちも、この曲で普門館の舞台を踏んでいる。
フェスバリにしてくれる?
先生が曲を変更した。彼らはこれまで10曲ほど候補曲を練習してきている。このフェスティバル・バリエーションもよく演奏される曲の一つだ。
意外とやばいかも!みんな華麗なる舞曲持ってきてる?
はい!
さらに次の曲。華麗なる舞曲も候補の一つだが、難易度の高さからコンクールで取り上げる学校は少ない。だが。
こりゃ、まずいぞ。
翌日。部員たちは前日の練習で先生が見せた迷いぶりを受け、ほかの候補曲も探し始めていた。
きのう、候補曲、何曲かあがってたじゃないですか?あれではだめなの?
不安です!どれもいいんですけど。とりあえず勝ちたいんんで。
今見ているDVDは昨年の普門館で、大阪桐蔭高校が演奏した、カルミナ・ブラーナだ。
うまい!
早速、この日の合奏で譜面が配られた。だがこの日は決まらず。あくる日も、またあくる日も。全国大会への再起をかけた自由曲探しの旅は終わることがなかった。そして5月、一度は17曲を数えた自由曲候補の中で、彼らが練習しているのは、ついにカルミナ・ブラーナと、華麗なる舞曲の2曲だけとなっていた。
たぶん、やれば受けるよ、絶対に!まず題名がいいでしょう!華麗なる舞曲って、なんか、よくない?華麗なる、華やかで麗しいんだよ。
華麗なる舞曲とかさー、うちあれ思ったけど、あれ、金管とかにとって、めっちゃ高い音とか多いじゃん?木管もきついじゃん、すぐ口とか、ばてるからさ、練習になんないと思うんだけど。
どう?どう?
えっと、華麗なる舞曲、すごい好きなんですけど、やっぱり個人的にも怖いなっていう感じがします。
私もカルミナ、クラ、あまり連符とかないんですけど、でも華麗なる舞曲にするとやっぱりリスクが高いのが一番気になるんで。カルミナのほうがいいなと思ってます。
私もきょう、合奏、華麗なる舞曲ばっかり、やってたんですけど、なんかやっぱり、木管も金管も含めて音が高かったり、タンギングが多かったりして、すぐ疲れちゃったりして、ちょっとそれがな…。
だって、今言ったようなことは、できなきゃいけないことなんじゃないの?勘違いするな、おれのコンクールじゃないからな。みんなのコンクールだよ。だめな所を隠したコンクールにはしたくないだろう。
この日は、コンクール応募締め切りの2日前。先生の意をくんだ彼らは、候補を華麗なる舞曲1本に絞り、ひとつき練習を重ねてきていた。あとはきょうの練習で確認して、申込書に曲名を華麗なる舞曲と書き込むだけだと信じていた。そのときまで。
あの、1曲。
新曲ですよね?
はい。
えー?
やだやだ。
先生から突然提案された曲は、全国大会では一度も演奏されたことがないモンタニャールの詩。もちろん、彼らはこの曲を知らない。部員たちの右往左往が始まった。曲選びはこの日で最後のはずだったのに。
やっぱこれは全国大会で、結果をまだ残してないので、私たちはことしは挑戦者なので、ちょっとあんまり…。
そして譜面が配られて1時間後。
次は、もう練習を積んできた華麗なる舞曲だ。ところが。曲の後半でミスを連発。
もしこれ選んでもやりきる感じ?
練習すれば。今はできないけど。
できます!
絶対やります!
大丈夫そう?
はい。
全国大会での復活を誓う彼らに、失敗は許されない。難曲にあえて挑戦するのか、それとも、未知なる曲を選ぶのか。次の日、メンバー全員で話し合いが持たれた。
華麗なる舞曲がいいです。
はい、どうぞ、なんで?
やっぱ、バーンって復活するのにはもってこいの曲だなって思いました。
おれもそう思う。ほかにいる?
モンタニャールがいいと思いました。やっぱりあの曲には吹奏楽らしさみたいなものさえも超越したすごい魔術みたいなのがすごいあるのかなと思って、なんかひと夏過ごすのはこれがいいかなって思いました。
勧誘みたいになってたね。ほかにある?
モンタニャール。
ほかにある?
モンタニャール。
華麗なる舞曲がいいです。
意見が分かれ、まとまらない。すると、あのチューバの佐藤さんが。
私いいですか?あの私は、正直は本当は華麗なる舞曲がいいんですけど、自分たちがまあちゃんとやらないと、どっちの曲も全国は絶対行けないし、たまたまこの時期に、モンタニャールが出たってことは、それなんだなって思ったのでそれです!
おーっ。
こうして、ことし高輪台が全国大会への再起をかける自由曲は、モンタニャールの詩と決まった。そして翌週、コンクールを2か月後に控え、部員たちはまず、曲のイメージ作りから始めた。このモンタニャールの詩は、ベルギーの作曲家、ヤン・ヴァン・デル・ローストが1996年にアルプスの山々をイメージし、作った曲だ。しかしまだ全国大会で一度も演奏されたことがなく、模範とすべき演奏がない。そこで彼らは、譜面からそれがどんな場面なのか想像してみることにしたのだ。
これからだんだんこうなっていって、こうなるという。
風が通って、いろんなところに風が行くんだ。
そうそうそう。
なだれって、31小節目の木管がてれてれっていうところがなだれっていう。
こうして部員たちは、自分たちのモンタニャールの詩を作り出していった。
そして曲の中盤、讃美歌をモチーフにした個所にさしかかると。
なんかこう、神妙な感じになるでしょ?教会だよ、教会。教会って何しに行く場所か知ってるの?みんな。
礼拝。
礼拝だよね、祈りに行くよね。宗教改革したの誰?晝間、誰?宗教改革した人。免罪符とか売ってるの、だめだって言った人、誰?
ザビエル。
ザビエルは違うでしょ。
石渡さん。
キリスト。
キリストはさ、改革じゃなくて始めた人でしょ。
ルターじゃないですか?
ですよ。
ですよね。
合ってんじゃん、ルター。みんな歌おうか。はい、祈る祈る、祈って。
こうして挑んだコンクール。まずは、東京都大会予選。全82校が競うこの大会で、高輪台は上位12校に入り、悲願の全国大会へ向け、一歩を踏み出した。そして9月12日、決戦の日がやって来た。バスで向かう先は…。普門館。実は東京都大会だけが、全国大会と同じ普門館で行われる。この日、出場するのは12校。そのうち全国大会へ出場できるのは、2校だけだ。東海大高輪台の出演順は最後の12番目。11校目の演奏が終わろうとしていたとき、畠田先生が部員たちと握手をし始めた。
頼むよ、涙ぐんでるじゃないか、大丈夫、大丈夫。頼むよ。
おなか触ってもいいですか?
あー、触りたい!
がんばろー。頼むよ。
うん。
先生の手、どうだった?
先生の手ですか?温かかったです。おなかもりっぱでした。
モンタニャールです。
先生、いつも握手されるんですか?
そうです。僕が落ち着きたいんで。生徒とね、握手すると落ち着くんですよ、パワーもらって。
頑張れよ。
ついに彼らの出番が来た。幾度か先生と生徒の気持ちはすれ違いそうになり、そして今、一つになった。強豪復活への思いを込め、演奏するのは、モンタニャールの詩。そして結果発表。高輪台は第1条件の金賞を手にした。この日、12校中4校が金賞受賞。全国大会への代表校は2校だけだ。発表は出演順。高輪台は最後の12番。
それでは、1団体目、プログラム2番、都立片倉高等学校吹奏楽部。
残るは1校のみ。
12、12、12!
もう1団体は、プログラム12番、東海大学付属高輪台高等学校吹奏楽部。
イエー!先生、やったよー。
よかったたぁ。
はぁ、ありがとうございました!いやぁ、ほっとしました。あぁ、よかった。あぁ、よかった。
さらにもう1校!
神!神!吹奏楽の神!
吹奏楽の神様と呼ばれる御年71歳の屋比久勲先生が顧問を務める、鹿児島情報高校。創部わずか2年で全国大会に出場し、一昨年、昨年と、2年連続で普門館の舞台に立ったが、結果は2回とも銀賞だった。ことしこそ、全国金賞を先生に贈りたい。先輩たちの夢を受け継ぎ、動き始めた4月。鹿児島情報高校新バンドは、新入部員を迎え、総勢85名になっていた。彼らが今、演奏しているのは、今年度コンクール課題曲の一つ、オーディナリー・マーチだ。鹿児島情報高校はことし、この曲で夢に挑む。練習終了後、3年生に進級した部長の仮屋美紀さんに、新吹奏楽部のことを伺った。
全国で金賞をとるレベルにはとてもじゃないけど、まだまだなので。
仮屋さんの担当は、2年生の前畑一志君、碇元やよいさんと同じ、トランペットの中で最も低い音を弾くサード。
26小節目、タンタタタンタンタンター。一志!あー、だだ短い、ベーが。パンパン、パンパンだよ。タッタじゃなくて。1、2、3!あー、そのぐらい、そのぐらい。
放課後、前畑君は夜遅くまで、26小節目を吹き続けていた。前畑君は部室の鍵係で、ほかの部員が帰ったあと、夜9時に戸締り確認をして帰り、翌朝6時半には鍵を開けるという毎日を送っている。
なんで鍵係やってるの?
まぁ、得になるのは、朝も早く来れますし、もう自分は練習しないとやばいんで。
練習後、ミーティングが行われた。
この部で、本当によく練習してるねぇとかね、特によく頑張ってる人、キャプテンから見たら?
前畑とか。
前畑の話だけど、運動会のときに、お母さんがね、もう本当に涙を流しながらね、うちの一志は、3歳まで全然目が見えなかったと。全盲だったそうです。
前畑一志君は、わずか720グラムの超未熟児として、1994年、屋久島に生まれた。未熟児網膜症と診断され、すぐ両目にレーザー手術が施されたが、左目には効果が現れなかった。右目のほうの視力は徐々に出始めたが、ひらがなを覚え始めたのはようやっと6年生のことだった。しかし中学時代、前畑君は勉強を頑張ろうと一念発起。今は故郷、屋久島を離れ、学校の寮で生活しながら、トランペットパーと唯一の男子部員として、勉強と部活動を両立させている。後日。
レギュラーを決めるテストをします。1年生も全部受けてください。
はい!
コンクールメンバーを選ぶオーディションが、突然発表された。規定により、コンクールの舞台に立てるのは、最大55名。全部員85名のうち、30名が外される。翌日開かれた演奏会の日。前畑君が屋久島から来たお客様を紹介してくれた。
お母さんです。
お母さんですか?どうも、はじめまして。
お母さんのるり子さんだ。
トランペットをお吹きになる一志君はどうですか?
かっこいいかなって。ほとんどの障害が残りますって。しゃべれない、見えない、立てない。この子の生命力にかけようかなって。この子が生まれてきて、生きていいんだったら、助かるやろうって思ってましたから。私もこの子のおかげで成長さしてもらったっていうか。
お母さんは、前畑君が演奏するときには、いつも屋久島から船に乗って見に来てくれる。もしことし、普門館で吹くのなら、飛行機に乗って東京へもきっと来る。彼はオーディションを通るだろうか?トランペットのサードは、3年生の仮屋部長と、2年生の前畑君、碇本さんの3人に、1年生の安田さんを加えた計4名から2名に絞られる。そして迎えたオーディション当日。鹿児島情報高校のオーディションは、屋比久先生と生徒たちが隣り合った部屋に分かれて入り、行われる。部屋をつなぐ扉は少しだけ開けられ、演奏している人の顔は見えないが、音は聴こえるようになっている。吹くのは課題曲、オーディナリー・マーチだ。いよいよサードの順番が回ってきた。
はい。
1番の方、お願いします。
1番手は仮屋部長だ。
みんながこのぐらい吹けたらな、金賞。
じゃあ、整理して発表しようかな。はぁ。まぁ、今から言うからね。みんな、クールに受け止めて。
合格者は演奏順の番号で発表される。
トランペットサード、合格者は1番、4番。
仮屋さんと前畑君が合格した。2番、3番が補欠。
受かる者がいれば、必ず落ちる者がいる。この日、2年生、碇元さんのほかにもたくさんの部員が悔し涙を流した。ことし、鹿児島情報が普門館に出れば、3出。来年、彼らにチャンスはない。九州支部大会9日前、トランペットのパートレッスンが行われていた。
パーの音、はい。
前畑君の音程がなかなか合わない。
ちょっと合わない。2人。パンパン、死にそうになってる。パンパン!そう!最初の音が合わない、ベーの音が。
前畑君に続いて音程の悪さで注意を受けているのは、セカンドの2年生、仮屋智世さん。彼女は仮屋部長の妹だ。
もっとハイトーンの練習。はい、じゃあ終わり。
礼。
ありがとうございました。
きょう直されたところ、しっかり直してきてね。特に2番、3番がちょっと、合わなさすぎる。
はい。
結局、この日、曲の練習はほとんど進まなかった。
先輩、どうだったの?今の。
え?最悪です。希望を失いました。ピッチとかを合わせてもらう場所じゃないですもん、本来なら。
2年生の仮屋さんは、苦手なハイトーンの克服に挑み始めた。
あー、もうちょっと。
あきらめないで、やるしかない。
はい。夢でしたもん。全国で、いっしょに普門館に立つこと。九州でガッツポーズさせたいですね、キャプテンに。去年の亜沙美先輩がガッツポーズしてたの見て、あれ、美紀先輩に、代表杯もらってやってほしいなって思って。気張ります。
この日は合奏練習が行われた。
最後のティララー、プン、プンプンプン。これが今、グチャって終わってるよね。このフレーズの最後、ぐちゃっとしたら、すごい気持ち悪いよ。例えばごはん食べて、もう終わりっていうときにさ、最後、腐ったもの、口に入ったら、嫌な感じじゃない?最後はやっぱりおいしいので終わりたいよね?パーン、あぁ、おいしかったって終わりたいのに、パーン。ウエー、吐き出したい!みたいに終わったら嫌じゃない?みんな。フレーズの終わりってこんなもんなんだよ。そう、課題曲はもうこれだけできたら上等だ。
そして彼らは、支部大会の行われる福岡に向かった。福岡市の隣町のホールで最終練習を行う。きょうは決戦の日。
はい、じゃあ1回通してみるね。1回目が実力だから。
はい!
上等。もう練習終わろうかね。なんか、これ以上やったらボロが出そうだ。
応援に来ていた卒業生に話を聞いた。
あとはもう、ね。
やってくれるでしょ。
やってくれると思います。普門館にいたーい。
いたいな。っていうかもう、いっしょに表彰式にいたい。
彼らは九州支部大会の会場である福岡サンパレスに向かった。到着したのは12時半過ぎ。そのころ、会場では、前半の部の11番手、熊本県代表の玉名女子高校の演奏が始まっていた。各県大会に参加したのは、九州全体で308校。きょう演奏するのは26校。普門館へ進めるのは3校だけ。100校に1校ない。舞台袖に移動し、出番を待つ。
堂々と演奏するんだよ。
現役部員が、OBが、先生がいっしょになって、鹿児島情報高校、夢への挑戦が始まる。
はぁー、よかったです…。
足がめっちゃ震えてるんですよ。なんか安心したのか知らないんですけど、めちゃ震えるんですけど。
表彰式ではまず、演奏順に金、銀、銅の各賞が言い渡される。ここで金賞に選ばれなければ、全国大会に出られる可能性はなくなる。
鹿児島情報高等学校、金賞。
まずは第1関門突破。
それでは、全日本吹奏楽コンクールへの推薦団体を発表いたします。前半の部、プログラム11番、玉名女子高等学校。
残りはあと2枠。鹿児島情報高校は後半の部の1番だ。
後半の部、プログラム1番、鹿児島情報高等学校。おめでとう。
せーの!美紀大好き!
全国金を先生に。彼らは夢へ向かって一歩進んだ。
まいりましたね、これ。
よかったですね。
全国大会の切符を手にしたまでですからね。
そうです、東京の高輪台と鹿児島情報、2校がみごと、全国大会進出です。
これからまた戦いが始まるんですもんね。どうですか?ここまで見て。
もう感動しちゃいました。泣けちゃいますね。
なんかいろいろとお姉さん、妹の関係とか、生い立ちとかね、いろいろあるんですね。あと先生の教え方がずいぶん違いますね。
対照的でしたね。
だってこの曲にしようか、あの曲にしようか、二転三転。この時期にこの曲が来たんだからこの曲というね、それで賞をとりましたもんね。
1時間後には演奏できるっていう、あれがすごいよね。
レベル高いですよね。
すごく上手な学校もあったりして、まあ全部勉強になりますね。
今の鹿児島情報高校は、なんか最後に腐ったもん食べたらだめだろって。
わかりやすい。
ちょっとわかりやすいですよね。
100校のうちの1校でしょう?僕ら、こうやって1校を紹介してもらってるけども、実際は100、ドラマがあるんですもんね?
そうでしょうね。
100、200、300ドラマがある、それぞれあるんでね。
だから、われわれが追っかけてる所が金賞とるとワーッてなりますけど、その横で泣いてる学校がたくさんあるわけですからね。
数だけね。
あとその学校の中で選ばれるのも、また泣いてる人がいるわけで。どうですか?中野君。
そう考えるとちょっと混乱してきますね。最初、船橋ではいるじゃないですか。高輪台いいなと思ったんですよ。鹿児島情報高校すごくいいなと思ったんですよ。
これから見るんだもんね。
そう。
だけど、ポエム・モンタニャール。アイ・ラブ・ポエム・モンタニャール。すごくよかった。
気に入っちゃった?
あれすごい大好き。全校がみんな勝ちたいわけじゃないですか、勝ちにいって負けるっていうのは意味ありますからね。
そういうことですよね。
初めから負ける気でやって、負けるなんて、それは意味ない。
きっと今後の人生に生きてくるんですよね。
そうなんですよ。だから泣いてる子のほうが多いんですもんね、これ。
あとはオーディションでね、なんかカーテンの向こうでいるでしょう。あのプレッシャー、どういうこと?あれも。
でも先生言ってましたからね、1回目が実力だからって。そうなんですよ、あのときはああできた、あのときはああできるはずだじゃないんですよ。
最初の5分でわかっちゃうっていうことですよね、僕も聴く側だったんでわかります。
ということでですね、普門館での全国大会です。3日前に行われたばかりなんですね、この大会。番組、完全密着しました。
全国大会前日の10月30日。羽田空港にやって来たのは、720グラムの超未熟児として生まれた鹿児島情報高校、前畑一志くんのご両親だ。
とうとう来ちゃいましたよねー。ねぇ。
いよいよですね、全国大会。
夢みたいな感じだよね。
一志はほら、小さいときのことが頭にあるんで。まだ、信じられんっちゅうか。元気であればいい、自宅にずっと元気であれば、おってくれて、それで構わんって思ってた子ですから。
ちょうどそのころ、前畑君は練習場所のホールで、合奏の真っ最中だった。そのあと、補欠組からコンクールメンバーへ。大太鼓の革に飾りつけた金賞祈願のお守りが贈られた。
2、3年生にとっては、ことしが最後の舞台になるので、私たちの分まで、そして、OBの先輩たちの分まであしたは頑張ってください。
はい!
先生に対してはどうですか?3年間。
先生は、もう…、伝えきれない…、いろいろ。屋比久先生の下で3年間できて、本当にいい先生っていうか、そんなにいないというか、めぐり合えたことが奇跡なぐらい、本当に神です。先生は神です。
10月31日、全国大会当日、午前3時。高輪台高校は全員で宿泊している近くのホテルから学校へ集まってきていた。高輪台の出番は午前の部3番目、本番の9時半に楽器も体も最高のコンディションにしておくには、この時間から練習し始める必要がある。
畠田先生のことどう思う?
畠田先生は、まあいろいろあったんですけど、いや、大好きです。
本当?
みんなのために怒ってくれるし、言ってることまちがってるときもあるけど。
そして日が昇ると、一行は普門館を目指した。
そのころ、前畑君のご両親は。
右手が普門館です。
これ?
これです。
うわぁ、いよいよ今から始まるんだ。ドキドキするね。
入り口の行列に続いて、2人は吹奏楽の聖地へ足を踏み入れた。
すごいね!
うわぁ、すごいですね。
そこにはことし3月卒業したOBたちの顔もあった。
元気?
元気です。
ありがとうねぇ、本当お世話になっちゃってね。基礎をたたき込んでもらって。
駆けつけたのは前部長でトランペットの内田亜沙美さん。前副部長でフルートの茅島晴河さん。クラリネットの森まり子さん、バストロンボーンの鶴田晃久君など、総勢15名だ。第58回全日本吹奏楽コンクールが始まった。まもなく高輪台は3年ぶり、6度目の全国の舞台に立つ。彼らは出た5回の全国大会ですべて金賞を獲得している。毎年の出場校29校中金賞は平均10校程度。金賞をずっととり続けていることは至難の業だ。悲願の全国復帰を果たした彼らのモンタニャールの詩は、いったい何賞に輝くのだろうか。
どうでした?
なんか会場の光がすごい気持ちよくて、もうはい、楽しかったです。
よかったね。
よかったです、もうなんでもいいです、賞とか。
モンタニャールの詩と出会って、どうでした?この曲。
たぶん人生のテーマソングですね、もうね。もう使わないでください、また、もううわさされるから、もうやめて本当。
人生のテーマソング?
もうやめて、本当。
一方の鹿児島情報は移動中。コンクールメンバーの証し、ブルーのリボンと共に、戦いの地を目指す。その普門館では。市立船橋を抑え、出場を決めた千葉県の強豪、習志野高校。さらに、規定最大の55名からは20人以上少ない31名で初出場を成し遂げた群馬県、前橋高校などが熱演を聴かせていた。そして鹿児島情報高校は本番直前。舞台では1つ前、広島県修道高校の演奏が始まっていた。創部4年で3回もこの夢の舞台へ導いてくれた先生に、
めぐり合えたことが奇跡。この先生と、この先輩と、この仲間と。皆の夢を乗せて、55人が吹くのは、オーディナリー・マーチ。演奏後、前畑君は外へ急いだ。
ご苦労さん。頑張ったな。
頑張った!本当に。頑張ったね!緊張した?
いや。
あっそう?
楽しかった。これはここに。
出された代表の青いリボンには、何かが書かれている。
つまらないものですが。
書かれていたのはありがとうだった。
今まで育ててくれてありがとう。最後は表彰式。各校に金、銀、銅、いずれかの賞が贈られる。客席の部員たちは、かたずを飲んで発表を待つ。
プログラム2番、柏市立柏高等学校、ゴールド金賞。
次が高輪台だ。
プログラム3番、東海大学付属高輪台高等学校、ゴールド金賞。
やったぁ!
東海大高輪台の連続金賞記録は続いた。次は午後の部の表彰。
鹿児島情報高等学校、ゴールド金賞。
おめでとう!
やっととれたね!
やっととれたぁ!
こうしてことしも、吹奏楽の甲子園、普門館での全国コンクールは幕を閉じた。
いやー、よかったね、とれて本当に。
おめでとうございます。
聖響さん、言ってましたよ。全部聴いて全部泣けるって言ってましたね。音を聴いて。
なんか月並みだけど、みんな金メダルっていう言葉ですかね。
ねぇ、なんかもう、全然言葉出ません。もう音楽家でよかったです、僕。幸せです、本当に。
でもそうやって言われるとたぶんこれ、見てるきょうの高校生たち、プロに褒められて、相当喜んでると思いますよ。
今、見てるでしょうからね。
鹿児島に行きたいって言ってましたよ。
会いに行きたくて、勉強になることばっかりだったんで。
伊藤さん、どうですか?
本当、なんかちょっとあれですよね、考えさせられますよね。自分の学生時代と全然違う。
ぞくぞくしますよね。
全然違う学生時代を送ってたから、こんななんか、そしてあんな先生と会えて、ねぇ。
奇跡だって。
奇跡だって言ってたよね。
会えたことが奇跡なんて先生もたまりませんよね。
あと前畑君の両親はよかったね。
ありがとうって言われて。さあそしてですね、皆さん、実は今夜、この方々に来ていただいているんです。あちらです。全国大会でみごと金賞を勝ち取った、鹿児島情報高校の皆さんです。どうぞ、移動しましょう。さあさあ!
おれ、会いに行きたいって思ってた。
きょうは鹿児島からわざわざ来ていただいたんです。先生、おめでとうございます。皆さん、おめでとうございます。
どうも、おめでとうございます。おめでとうございます。
おめでとうございます。
どうもありがとうございました。
聖響さん、会えましたよ。
ありがとうございます。
うわー、先生、会いたかった。うれしい!ありがとうございます。
先生、どうですか?生徒たちに出会いは奇跡だとか言われる自分。
そうですね。
うれしいですよね?
うれしいです。
それは生徒たちもね。
教師みょうり。
金賞をとれて、ねぇ、これ金賞とれて、盛り上がるじゃないですか。これ、銀とか銅でもいいんですけど。
もちろん。
違いますよね、やっぱり。
ですよね、そしてきょう来ていただいてるのは、現役のメンバー、部員全員の81人、さらにですね、3月に卒業したばかりのOBの方8人、さらにさらにですよ、きょうはですね、演奏メンバーはこちらの皆さんだけではなくてですね、屋比久先生が鹿児島情報高校赴任前に指導されていた、福岡工業大学城東高校のOBの皆さんにも来ていただいているんです。
とりあえず、みんな呼んじゃえって。
総勢93人できょうは演奏していただきます。
これから演奏するんですか?
うれしい!
皆さん、金賞おめでとうございます。
おめでとうございます!
ありがとうございます。
きょうはですね、名曲、
さあ、
さあ、それでは全国金に輝く屋比久サウンド、聴かせていただきましょう。ワーグナー作曲、エルザの大聖堂への行進です。
すばらしい。皆さん、どうぞ、どうぞ。先生、こちらへ。ありがとうございました。
どうもありがとうございました。なんかすばらしい文化の日って感じですよ。
本当!
聖響さん、どうですか?
ありがとうございました。
いえいえ。
感激です。
本当にいいもの聴かせていただきましたね。
感動しました。もう音が温かいってこういうことをいうんだなって思いましたね。
なんか高校生に個々が集まって一つになるすばらしさとかね、人ってとか教わっちゃいましたね。
パワーもらいました。
めっちゃ興奮した。
いい?
最高!最高ですわ。
演奏中の皆さんの目がいいね。先生みんなが見てね。
まっすぐですね。
信頼感とかがすごい伝わってきますね。
OBの方が来てくれてるのがきょう本当にうれしかったですね。
そうですね。
先生、きょういかがですか?ここで演奏してみて。
そうですね、最初はちょっとやっぱり音響が。
スタジオがね。
何回か練習してるうちに慣れてきて。
難しいですよね、こういうスタジオでやるっていうのはね。
そうでしょうね。でもきょうはせっかくなので、もう1曲、何か聴かせていただいてもいいですか?
うわー、うれしい。
お願いします。

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